第154話 妖気

 いったい幾日経っただろう・・・・。


 神妖界の隅々までを探し尽くしても、白妙は誰一人、髪の一筋すら見つけることはできなかった。


 孤独と絶望に打ちひしがれそうになる白妙を、長・・・龍粋・・・仮面の子供・・・そして、宵闇との思い出や、彼らのくれた言葉の数々が、記憶の彼方から温かく湧き出してきて、彼女の心をかろうじて支え続けていた。


 白妙の頭の中を・・・ふいに、宵闇が仮面の子供に言っていた言葉がよぎった・・・・。


 「きんをくれてやる」と・・・言っていたな。

 宵闇が教えて、あの子が習って・・・・いつか、長と龍粋も一緒になって、皆でがくを奏でたかった・・・・。


 お前も、そう思っていたのだろう・・・・宵闇。


 白妙の胸に、宵闇の笛の音が思い起こされて、涙が溢れた。

 宵闇の音は、とてもきれいだったが、それだけではなかった。


 心で聴く音・・・・。

 彼の笛の音は、温かい言葉と共にいつも白妙を支えてくれていたのだ。

 

 白妙は手でゴシゴシ乱暴に涙を拭くと、真っ直ぐ前を向いた。


 彼らの治める神殿は、既に調べ尽くしてあったが、白妙は「戻っているかもしれない」という淡い希望を捨てず、彼らの神殿を毎日一度は必ず見回っていたのだ。


 全ての神殿を回り終え、最期に訪れた水神殿で、白妙が重いため息を1つついたとき、異変は起きた。


 さほど離れていない場所で、身震いするほど強烈な、禍々しい妖気が放たれたのを感じたのだ。

 白妙は戦慄し脂汗を流しながら、その強大な気の気配を慎重に探った。


 恐ろしく強力な妖鬼だ・・・・・。

 妖気の王など比ではない。

 私では到底、かなわない。

 下手をすれば龍粋でも・・・・。


 そんなことを思っていた白妙だったが、ふいに感じたもう一つの感覚に思わず目を見開いた。


 巨大な妖気の影になり、眠りについているような穏やかな妖気がひとつある・・・・。

 これは・・・・。


 放たれた凶悪な妖気は、すぐに鳴りを潜めてしまったが、そこに残る二つの気配は動くことはなかった。

 

 白妙は、恐怖に凍え震える身体を奮い起こし、すぐにその場へ移動した。


 もし誰かが窮地に陥っているのであれば、救いたい。


 だが、転移した白妙は、すぐに警戒から身を硬くした。

 妖鬼の姿はなかった・・・・。

 そこにいたのは、自分によく似た姿をした、青い衣の神妖だったのだ。


 あまりの不気味さに、とっさに自身の身体を電流で覆い臨戦態勢に入った白妙だったが、彼女の腕に抱かれている者を見て、息が止まるほどの衝撃を受け、こぼれる落ちるほどに目を見開いた。


 「貴様・・・・その子をどこで。」


 震える声で問いかけながら、白妙は、自分にうり二つの神妖の腕の中で静かな寝息を立てている、海神わだつみを見つめた。


 女神妖はだまったまま、ただ静かに・・・握りしめた一振りの刀を、白妙に差し出してきた。


 鼓動が冷たく痺れる音をドクリと響かせ、視界が哀しみに歪んでいく。


 ああ・・・・龍粋は、やはり・・・・・もう。


 「形見だ・・・・受け取れよ。」


 女神妖の言葉を聞いた白妙は電流を解くと、力が抜け落ちそうになる膝を抑え駆け寄り、震える手でそっと刀を受け取った。

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