第151話 帳
白妙は・・・・龍粋と、共にあるのか。
宵闇のつぶやきは、彼の口から吐き出されることのないまま、再びその胸に抱かれ、静かに沈み込んでいった。
ひと粒の雫が水面に起こした小さな波紋のようなその変化を、仮面の子供は見逃さなかった。
宵闇の中へひっそりと消えていった闇の気配に、幼子は不安な声を上げた。
「・・・・宵闇?」
仮面の子供が、宵闇の深く落ち込んだ暗い色の瞳をのぞき込むと、宵闇は慌てて笑顔を作り、誤魔化すように小さなその頭をくしゃくしゃに撫でまわした。
「なんでもないよ。・・・皆無事で、本当によかった・・・・・。」
宵闇はこの世に生まれて初めて、重く澱んだ想いを抱えていた。
白妙が炎に包まれながら、龍粋の元へ向かったあの時・・・・・。
謝罪の言葉一つを残して、白妙が自分を置いて龍粋と逝こうとしたことに、宵闇は心の一番深い場所に、胸が引き裂かれるような哀しみと、氷のような不安を人知れずくすぶらせていた。
「傍にいてくれ」と・・・・言って欲しかった。
彼女の生き方に、自分をまきこんで欲しかったのに・・・・・。
白妙と共にありたいと、宵闇は心の奥底から祈る様に願っていたが、彼女は違ったのだ。
意識を取り戻したばかりの宵闇は、自分を蝕む異常に気付くこともなく、その時の出来事に心を締め付けられ、縛られていた。
目覚めた時・・・・。
白妙・・・・君に、傍にいて欲しかったよ。
宵闇は子供のような純粋さで、ひっそりと哀しい願いを抱きしめた。
その想いが純粋であればあるほど、異様なまでに彼の心は深く、急速に澱んだ苦しみに侵されていく・・・・・。
引き裂かれるような激しい胸の痛みは、どす黒い感情の渦となって、宵闇の心を一瞬で塗りつぶしていった。
幼子を胸に抱き、穏やかに過ごしているように見えた宵闇だったが、突然表情を暗くし、長の瞳を苦しそうな目で見つめてきた。
「・・・・宵闇?」
「ありがとう。俺を想ってくれて。・・・・2人の音、ちゃんと届いてたよ。」
宵闇の瞳が冷たく濡れている。
笑顔を浮かべる彼が、その表情とは裏腹に、苦しみに喘ぎ、泣き叫んでいるように見えて・・・・長は思わず彼に手を伸ばした。
「ごめん・・・・俺。やっぱり一緒には、いられない。」
長の指先が、宵闇の頬に触れる直前。
宵闇は目を伏せ印を組むと、静かに言霊を紡いだ・・・・・。
『降ろせ』
言葉が紡がれると同時に、漆黒の帯が宵闇の周りをたなびき、彼の周りに弧を描いた。
描かれた円は一瞬のうちに広がり視界から消えうせた。
同時に、それまで窓辺から刺し込んでいた光が跡形もなく消え去り、真っ暗な闇が辺りをヒンヤリと優しく、哀しく包み込んでくる・・・・。
「ごめんな・・・・・。」
宵闇は、一言つぶやくように告げると、闇の中うろたえている幼子を後ろから強く抱きしめ、名残を惜しむように頭をなでた。
宵闇は、白妙の帰りを待つことなく、その場から忽然と姿を消した・・・・・・。
背中からそっと離れていった宵闇の温もりと、彼の笑顔が・・・苦い後悔と共にいつまでも仮面の子の心に焼き付いて、離れなかった・・・・・。
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