第150話 長と仮面の子
白妙が宵闇の部屋を出ていってかしばらくの間、長は仮面の子供と共に宵闇の美しい寝顔を見つめていた。
長の能力は万能ではない。
意識を失った状態の者に、その能力を行使することは叶わないのだ。
誰よりも確かにその事実を知りながら、それでも長はなにもせずにはいられず、彼を想い歌を歌った。
まるで自分自身の魂を削り取り、宵闇に注ぎ込んでいるようなその歌声に、仮面の子供は涙をこぼした。
宵闇・・・・・。
みんなが、宵闇をこんなにも想っているよ。
お願いだから、目を覚まして・・・・・。
仮面の子供は、宵闇からもらった楽器を取り出し、1音1音心を乗せ、丁寧に響かせ始めた。
あんなにおしゃべりが上手で、恰好が良くて、明るい宵闇が、いないなんて・・・・。
白妙の横に、宵闇の華のような笑顔が並んでいないなんて・・・・。
寂し過ぎる・・・。
苦しいよ・・・・宵闇。
決して上手くはないその音色は、長の歌声と共鳴し、聴く者の心が押しつぶされそうな切なさで空気を震わせた。
最後の1音が、長の声と共に余韻を残しながらたなびくと、仮面の子供は宵闇の額に自らの額をコツンと押し付けた。
「宵闇・・・・大好きだよ。・・・・お願いだから、戻ってきて。・・・・・僕に
ボロボロと仮面の下で涙を溢れさせた幼子は、ピクリとも動かない宵闇の姿に、たえきれず、彼から離れた。
そのまま勢いよく振り返ると、長の身体にしがみつき、彼は声を上げて泣きだした。
長は黙ってその場に膝をつき、仮面の子供をきつく抱きしめた。
長の瞳から零れ落ちる涙が、仮面の子供の肩に透き通ったシミを、ぽつぽつと作っていく。
「・・・・そんなに泣いたら、目が溶けるぞ。」
突然聞こえたその声に、抱きしめ合う長と仮面の子供の鼓動が、大きく跳ねた。
求めて止まない、明るく柔らかい声が、二人の耳朶を打つ・・・・・。
恐る恐る幼子が振り返ると、宵闇がこちらを見つめ、微かに笑っていた。
声も出せず二人が見守る中、宵闇は腕を支えに静かに身体を起こし、降ろしたままの長い黒髪をかき上げた。
「・・・・宵闇っ!」
仮面の子供が駆け寄り、宵闇の身体にしがみついた。
「悪かった・・・・・。ずいぶん、待たせたみたいだな。」
宵闇は艶やかな笑みを浮かべ、幼子の髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。
仮面の子供は、もう2度と離さないとでもいうように、きつくきつく宵闇を抱きしめた。
「長・・・・・俺が軽率な事をしたせいで、心配をかけた。・・・・ごめん。」
「謝るべきは、君の方ではない。私がもっと深く、龍粋を思いやるべきだったのだ・・・・。全ては私の責任だ。あの場で龍粋を止めることができたのは、君だけだ。君だけが、彼の心をこじ開けることができた・・・・。本当にすまなかった。・・・・・ありがとう。」
長が深く頭を下げると、宵闇は頭を横に振った。
「龍粋は俺の、大切な友だ。長が謝る必要はないよ。・・・・それより、一体彼に何が起きているんだ。龍粋は、暴走するような奴じゃない。・・・・・白妙はどこだ?彼女は無事なのか?」
仮面の子を片腕に抱き、白妙の姿が見えないことに激しい不安の表情を見せる宵闇に、長は申し訳なさそうに口を開いた。
「白妙は、君が倒れてから、ついさきほどまで・・・・君の傍らから決して離れなかった。ずっと君に、語り掛けていたよ。」
「・・・・・。」
「今は、龍粋の元へ行かせている。直に戻るはずだ。」
長の言葉に、宵闇は人知れず表情を曇らせた。
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