第149話 龍粋の願い

 「すまない・・・・龍粋。」


 「白妙・・・・君が謝ることなど、何もない。全てはボクの責任だ。本当なら、ボクは君に会う資格すらない大罪人だ・・・・。長に言われて、来てくれたのだろう。・・・ありがとう。」


 白妙は首を横に振りながら、哀し気に表情かおを歪めている龍粋りゅうすいの襟をつかんだ。


 「龍粋・・・私は冷酷だ。自分のことばかりで、お前の叫びに耳を傾けようとすらしなかった。・・・・・まだ間に合うのなら、教えてくれ。一体、何が起こっている。私は・・・どうすればいい。」


 白妙は、掴んだ襟を引き下げ、自分の目の高さまで龍粋を引き降ろすと、苦し気に・・・・絞り出すように訴えた。


 「白妙・・・・私のことはいい。君はもう、宵闇の元へもどるべきだ。」


 龍粋の言葉に、白妙は動くことなく、ただじっと彼の瞳を見つめ続けた。


 「龍粋・・・・お前は・・・死ぬのか。」


 束の間の沈黙の後、龍粋が小さく息を吐き出し、重い声で問いかけた。


 「なるほど・・・・。君がここへ来てしまった理由が分かったよ。・・・・長から聞いたのか。」


 襟を強く握りしめている白妙の細い手首を、龍粋は優しくつかむと、諦めたように瞳を伏せ、白妙の問いに答えた。


 「榊の占いが示したのだ。・・・・・妖月から星が2つ消える。一つは妖月の中で一番大きな星だ。」


 「龍粋。」


 「もう一つの星・・・・この星が妖月より消えることが、全ての始まりであると、榊の占いは示している。・・・・この星に異変のない間は、私の命は尽きないものと考えている。」


 「まさか、その星は・・・・」


 「分からないのだ。・・・・私を除けば、妖月の力の大きさに、さほど大きな違いはない。・・・・未だ揺らいでいる未来として、更に1つ・・・妖月の星も消えかけている。長の星も、このままでは力を失う。」


 龍粋の言葉に、白妙は絶望的な思いで立ち尽くした。


 龍粋は、自分の死が近づいてくる恐怖を抱いたまま、この絶望的な未来と向き合っていたというのか・・・・。


 「龍粋。私にできることを全て託せ。私と宵闇の想いは変わらない。未来が決まっていたとしても・・・・お前を諦めることなどできない。」


 自分を腕を掴む、龍粋の氷のように凍えた指先を感じながら、白妙は射抜くように真っ直ぐ彼の瞳を見つめた。


 束の間、瞳を揺らし悩んでいた龍粋だったが、そっと白妙の腕を離すと、寝台の上で静かな寝息を立てている幼子の傍へ歩み寄り、寝返りをうちわずかに乱れてしまった薄い布団を整え直した。


 「この子を・・・・頼まれてはくれないか。水神殿を継ぐ者として育ててはいるが、私は本心でそれを望んでいるわけではない。・・・・大切な友なんだ。できれば心のままに、生きて欲しい。」


 「・・・・名は。」


 「海神わだつみ。・・・・・・私は自分の命が残りわずかと知ったうえで、海神を私の生に巻き込んだ。・・・・私は、この子とは生きることができない。彼が一人で生きられるようになるまででいい。・・・・導いてやって欲しい。」


 心の底から愛おしそうに幼子を見つめ、小さな頭を優しく撫でる龍粋を、白妙はとても尊いものと感じ・・・目を細めた。

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