第146話 白妙の想い
白妙は、宵闇の寝台の脇に腰掛けると、堅く
あれからひと月近く経つというのに、宵闇が意識を取り戻す兆しは、全くみられなかった。
「宵闇・・・・お前はこんなにも近くにいるというのに、私は今まで感じたことがないほど、孤独だ。」
白妙は宵闇の額にかかる艶やかな黒髪を手で優しくすくと、額にそっと唇を落とし、束の間そこから妖力を流し込んだ。
こんなことをしても何の意味も持たないことを、白妙は正確に理解していた。
だが、時が経てば経つほどに、宵闇の向けてくれる笑顔や、自分を想ってくれる深い熱情が、次々と脳裏を駆け巡り、気が狂いそうなほどの切なさで胸の奥をしめつけてきて、何もせずにいることなどとてもできなかった。
少しでも、自分の気配を伝えたくて、白妙はこうして日に何度も、宵闇に自らの妖力をわずかずつ流し込んでいたのだ。
「早く、戻ってこい・・・・・。お前のいない世界は、私には辛すぎる。・・・もう、耐えられない・・・宵闇・・・・・。」
白妙の濡れた囁き声が、宵闇の耳の奥を揺らし、彼女の瞳から零れ落ちる涙が、宵闇の白く滑らかな頬を、人知れず伝い落ちていった・・・・・。
・・・・・・白妙を助けに入った宵闇が意識を失った、あの時。
宵闇は、意識を失う直前・・・・何を想ったのか、掴んでいる龍粋の裾をとおして、自らの念を彼に流し込み始めた。
・・・あえて念の回路を龍粋に解放してから意識を失った・・・と言った方が、正しいかもしれない。
突然、手放しで委ねられてきた宵闇の念が気付けになり、龍粋は宵闇が倒れ込んだ直後、幸いにも正気を取り戻すことができたのだ。
龍粋は、足元に倒れている宵闇に気づき、瞬時に陣を完成させると、彼を抱きあげ陣の外へ運び、治癒の術を使いながら、震える声で何度も名を呼び続けた。
宵闇の意識が戻らないのは、念を送る回廊を龍粋に繋いだまま、垂れ流しに近い状態にしてしまったことが関係しているに違いなかった。
宵闇の念は枯渇するほどではなかったが、直後に白妙を救うために妖力を惜しげもなく使用したことで、宵闇の存在自体が力を弱め、意思のない生命体のような、あやふやなものとなりかけてしまったのだ。
・・・・・・龍粋は、あの日以来、毎日白妙に面会を求めてきていたが、彼女は一切それに応えようとはしなかった。
今は、宵闇のこと以外、何も想いたくはない・・・・・。
宵闇の少し冷えた指先をにぎりしめ、優しく揉んで温めながら、白妙は一途に彼のことだけを想い、祈り続けていた。
白妙は、自分が龍粋の陣に飛び込めば、宵闇もついてきてしまうかもしれないと分かっていた。
分かっていたから・・・あの時、道連れにして「すまない」と・・・・宵闇にそう告げたのに・・・・。
宵闇は一切の躊躇なく、私を残すことを選んだ・・・・。
「宵闇・・・・私を独りにするな。私は残されることを望んではいない。ただ、お前と共にありたいのだ。」
白妙は、この気持ちが何と呼ばれるものなのか、ようやく理解していた・・・・。
宵闇の耳元に美しい唇を寄せ、
繋いだ手の温もりだけが、白妙の手の中で、ただ哀しく熱を持っていた。
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