第140話 宵闇の過去 5(龍粋)
幼子は清流の脇に鎮座した巨大な岩の上で足を組み、瞑想し気を練っていた。
邪魔をすべきではないと考え、龍粋がやはり出直そうと小さなため息とともに背を向けると、幼子が澄んだ声で話しかけてきた。
「お待ちください。何用ですか。・・・・先日も・・・私を見ていましたね。」
「・・・邪魔をしてしまったね。先日は偶然、君を見かけたんだ。今日は正式に、願いがあって会いに来た。」
「・・・・願い?」
幼子は龍粋の前にフワリと舞い降り、彼を不思議そうに見上げた。
龍粋を見た途端、陶器のように滑らかな白い肌が、わずかに紅く色づく。
「ああ。だが考えてみれば、ボクは君とただ、話がしてみたかっただけかもしれないな。」
「・・・・貴方は、とても変わった人だ。私と話しても、貴方のような方の徳になるものは、何もないのに。」
そう言って、幼子は苦い笑みを浮かべた。
「・・・・龍粋様。」
龍粋は驚き、軽く目を見開いた。
「君は、水妖の系譜に連なる者なのだろう。占術を使えるのだね。」
ボクの言葉に、幼子は小さくうなずいた。
「先日君は、子供らが襲われることを知っていたんだね。だから子供たちを守るために、君はあの場を離れなかったんだ。あんなに酷い言動をぶつけられていたのに・・・・・。」
「半分は当たっています。ですが、半分は買いかぶりだ。私は、あなたとは違う・・・・・。」
言いながら暗い表情でうつむいてしまった幼子の頭を、龍粋はなでた。
「顔を上げなさい。なぜそんな顔をする。」
「私は貴方のように、誰かのためになるようには、生きていない。龍粋様もご覧になられたでしょう。・・・・私は独りだ。願っても誰とも繋がれない。・・・・先日の子供たちも、別に私に助けを求めたり仲間に入れようとは、していなかったでしょう?」
「・・・・君。」
「ただ自らの心が楽なように、自分勝手に振舞っているに過ぎない。・・・・もし、誰かが救われたのだと言うなら、それは私の望んだものの先に、たまたまその誰かがいたというだけのこと。・・・・貴方のような崇高さは、私には微塵もないのです。」
そう言ってうなだれる幼子の頭を、龍粋は強く胸に引き寄せた。
「君こそ、何か悪い思い違いをしているようだね。ボクは崇高などではないよ。・・・・君と、同じだ。ボクは自分の為に生きている。・・・・だから今、ここにいるんじゃないか。」
龍粋が微笑みを向けると、幼子は顔を上げ、驚いて声をつまらせた。
「それにね・・・・ボクの目に映る君は、とても美しく清らかで誠実だ。ねぇ・・・・・君の名を、教えてくれないか。・・・・ボクは、君が欲しい。君を、迎えに来たんだ。」
龍粋が紡ぐ言葉に、黒曜のような澄んだ瞳を熱く潤ませ、幼子は真っ直ぐ龍粋の目を見つめて答えた。
「・・・私の名は・・・・
「海神・・・・良い名をもらったのだね。龍粋様などとかしこまって呼ばずに、ボクのことは君の好きに呼んで欲しいな・・・・。」
龍粋の言葉に、海神は雪のような白い頬を薄紅に染めながら、花が咲くように笑った・・・・・。
龍粋は、別れるための出逢いに、心の底が抜けそうなほどの重い痛みを抱えながら、幼子の手を取った。
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