第126話 双凶の蒼と黒 5

 「驚いた。・・・・・正直、このまま生かしておいていいものか、迷うほどだ・・・・・。」


 冷たい視線を向けながら、黒はその言葉一つで僕の話を肯定した。


 「そうかよ。君ってやつは本当に容赦がないな。おい、殺気をボクに向けるな・・・。ねぇ・・・君さ・・・・昔語りは、もちろん知っているんだろ?」

 「当然。ボクが知らないことは少ない。」

 「ならなぜ、真実を知らしめなかった。昔語りの中で、君はまるっきり・・・・悪者だ。」

 「悪者で悪い?僕は妖鬼・・・。その方が、理にかなっている。」


 蒼の言葉に、黒は一度はそう答えたが、困ったように微かに笑みを浮かべながら首をかしげると、ひじ掛けに頬杖をついた。


 「もし、神妖の長が海神だったなら・・・・君はどうしていたと?」


 憂いを帯びて紡がれたその言葉は、声のもつ柔らかさとは真逆に、蒼の背に戦慄を走らせた。

 蒼は眉間に皺をよせ深く何かを考えていたが、瞳を上げるとつぶやくように声をもらした。


 「すまない・・・・。」

 「いらないよ。そんな言葉が聞きたくて、言ったわけじゃない。・・・・今日は久しぶりに外へ出たんだ。気分がいい・・・。あんたと話せたことも・・・・まぁ、悪くなかったしね。」

 「ははっ・・・そいつは光栄だ。」

 「蒼・・・・・。」


 黒は蒼に声をかけると、突然妖気を全力で解放した。

 家具は全て粉々に吹き飛ばされ、客間の中を凄まじい妖気が、荒れ狂う嵐のように吹き荒れていく。


 格の違いをまざまざと見せつけられ、蒼は思わず身震いした。

 黒が自分より高い能力を有していることは分かってはいたが、今目の前にする黒の力は、自分の想像を軽く超えていたのだ。


 黒はすぐに妖気を絞り、蒼より少し低い力まで落とすと、何かを語るような瞳を蒼に向けた。

 わずかな間そうしていたが、スッと妖気をおさめ黒は静かに口を開いた。


 「教えてくれたお礼に、僕からも一つ。・・・・僕らには、妖気の大きさに少し差があるのは、わかった?」

 「少しじゃないけどね。君は、ボクが思っていたよりずっと凄い。まぎれもなく最強の妖鬼だ。格が違う。しかも君というやつは、聡明で美人で魅惑的ときている・・・全くお手上げだ。ボクが勝てるのは身長くらい・・・降参だよ。」

 「歯が浮く・・・・僕を褒めるな。・・・・あんたは強いよ。間違いなくこの天地において、僕に次ぐ力の持ち主だ。断言できる。・・・・問題は、海神だ。僕の殺気に、あの坊やは全く反応できていない。」

 

 蒼は、先ほど黒が海神を手にかけようとした時のことを思い出した。

 海神は強いが、確かにあの時は、黒の殺気に一切反応できていなかったし、それでなくともショクのときのように狙われることが多い。


 双凶の妖鬼や、今は空席となっているゆうと呼ばれる最上位の神妖の次元になると、放つことのできる殺気の種類が増える。

 海神の強さでは、それに気付けないのだ。


 「これから先、海神に狙いを定めてくる相手は、考えているほど甘い奴ではないよ。さっき僕が放った妖気を思い出して。あれに近いやつがいるんだ。このままいけば、いずれ海神を・・・失うことになる。」

 「・・・・・。」

 「・・・なぜ、全てを海神に伝え名を受け取らない。・・・・奴の師を喰ったことを、後悔しているのか?」

 「なぜ・・・君がそれを知っている。」


 蒼は、黒の言葉に一瞬息をのんだ。

 思わず殺気が溢れ、あわてて心を鎮める。

 黒の帯びている刀が、わずかに震えた。


 「大丈夫だ・・・・そう唸るな。紗叉さしゃ。」


 黒はなだめるように刀に語り掛けると、立ち上がって蒼に背を向けた。


 「言ったろ。僕の知らないことは少ないと・・・・。強くなりたいのなら、方法は知っている。必要ならまた話そう。今日はもう行くよ。」


 黒はそう言って、少しだけ振り返り微笑むと、次の瞬間には転移して消えてしまった。


 全てが粉々に砕かれた部屋の中、窓際の花瓶に活けられた真っ白な一輪の花だけが、寸分動かされることすらなく、その場で静かに揺れていた・・・・・。

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