第127話 黒の覚悟 1

 あお海神わだつみが黒を連れて行ってしまってから、俺たちはため息をもらした。


 「黒って・・・一体、何者なんだ。」


 瞳を潤ませ目を伏せてしまった光弘の頭をなで、俺が独り言のようにつぶやくと、白妙たちが鋭く視線を交わした。


 「黒は、双凶と呼ばれ恐れられている、最強の妖鬼の1体だ。」

 「あれは禍々しく冷酷で、この世で最も残忍だ。我らとは決して相容れぬ存在。心を開くなよ。」


 久遠の言葉を継ぎ、白妙が目をぎらつかせ噛みつくように言葉を吐き捨てた。

 その目には明らかに、嫌悪と憎しみが燃え盛る様に渦巻いている。


 「なんだよ。なんかあったのか?」


 勝が白妙の顎に手をあて、じっと瞳を見つめると少し落ち着いたのか、白妙は深く息を吐き出した。

 翡翠が新しくお茶を入れ直し、2人の前に置く。


 「この世界にも、人の世の昔話のように語られている物語があるのですが・・・・・。」


 そう言って翡翠は、神妖界で長く伝わっている昔話を話して聞かせてくれた。


 「今の話の黒って、さっきの黒のこと?3時間で人間の住む世界を全て焼き尽くしたってことかよ?」

 「ええ。昔語りではそのように伝わっています。私と久遠は残念ながら新参者ですので当時の事はわかりませんが、白妙は・・・・・。」


 勝の言葉に答えると、翡翠はめずらしく言いよどんでしまった。


 「・・・・昔語りのとおり、黒はその世界に生きていた全ての人間を一瞬で焼き尽くした。私たちが駆けつけた時には・・・そこは既に青い炎の海だった。老若男女問わず億を軽く超える人間が、無残にも一瞬で魂を奪われていたのだ。」


 白妙は、今まで見たことがないほど殺気を含んだ瞳で話す。


 「黒は自らが殺した全ての魂と、そこにいた神妖の長の命を奪い去った。それから2千年・・・・奴はほとんど姿をくらましていたのだ。時折鬼界に降りて妖鬼の魂を喰らい放題喰らい尽くしていたと聞き駆けつけたが、やつの立ち去る姿を見るばかりで、今まで捕らえることができなかった。」


 息を荒げ話す白妙の背を、勝が優しくなでた。


 俺はその時になって初めて、隣にいる光弘の様子がおかしいことに気づいた。


 「光弘?」


 表情はさほど暗くなかったが、光弘の顔色は紙のように真っ白になり、形の良い唇は潤いを失くし微かにふるえていた。

 癒が光弘の頬を小突くようにして頭を強く寄せている。


 「・・・大丈夫か?」


 俺が背中をなでると、光弘は小さくうなずいた。

 白妙は光弘に殺気のこもった目を向け、震える声で問い詰めた。


 「光弘。お前・・・・・。アレとどこで知り合った。なぜ共にいる。答えろ。」

 「白妙!」

 「おい!光弘が何かしたわけじゃないだろ。そんな言い方するなよ。」


 白妙の強い口調に、驚いた都古と勝が白妙をなだめ、同時に、癒が光弘をかばう様に前に出た。

 それでも白妙は譲らず、一心に光弘をにらみつづける。


 俺は微かに震えている光弘を、白妙の視線をさけるように背中に隠した。

 その時。

 空気が震え、かすかな風が吹き抜けた。


 「僕のいない間に、何をしている?」


 いつの間にか、黒が俺の真後ろに立っていた。


 「待たせて、ごめん。・・・・・おいで。」


 黒が優しい声で光弘に呼び掛けると、光弘は俺に少しほほえみかけ「ありがとう」と言ってから、黒の傍らに立った。


 「何かあったらすぐに呼んでと言ったでしょう。我慢しないで・・・・。君に呼ばれれば、何があっても、すぐに駆けつける。」


 黒は、まるで自分が光弘のことを傷つけた本人であるかのように、見ている者の心が締め付けられるような切ない表情で光弘を見つめた。


 「白妙・・・・・。僕はこの人の望まないことはしない。あんたにも手を出さない。過去のことが気に入らないのなら、気が済むまで僕に罰を与えろ。・・・ただ一つ・・・・どんな形であっても、この人のことは二度と傷つけたりしないと、天に誓え。」


 黒の言葉はこの世の何よりも実直な響きをもって、この場を満たしていった。


 「僕のとがは、この人のものではない。」


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