第125話 双凶の蒼の記憶

 蒼は、神妖界に伝わる昔語りと、遠く2千年も前になる出来事について思い出していた。


 昔語りを耳にした時になんとなくひっかかっていたことが、本人を前にしたことでよりはっきりとした形をなし、思わず口を突いて出る。


 「黒・・・。ボクの知る2千年前の出来事と、神妖界に伝わっている昔語りには、大きな違いがある。・・・・・なぜだ。」


 黒の表情は変わらなかったが、無言のままただ視線だけが、一瞬のうちに鋭く突きさすように、冷たく暗く変化した。


 刹那。

 蒼は、無数の刃で全身をズタズタに引き裂かれ、内臓がズルリと外に引きずり出されるような生々しい錯覚を覚え、驚いて椅子から立ち上がると、こらえきれずにその場に片膝をついた。


 全身の毛穴から冷たい汗が噴き出し、どうしようもないほどに身体が震える。


 黒はそんな蒼を冷たく見つめ、口の端に笑みを浮かべると、溶けそうに甘く優しい声音でゆっくりと言葉を紡いだ。


 「ボクはどうやら、あんたのことが嫌いじゃない。海神を残して逝くのは、嫌でしょう?・・・今の話はもう、口にしないほうがいい。」

 「・・・・・君の、前でもか?」


 立ち上がることができないほどの殺気をたたきつけられながらも、蒼は顔を上げると、真っ直ぐに黒を見据え、不敵な笑みを浮かべて言い放った。


 蒼の首筋を冷たい汗がゾワリと流れ落ちていく。


 向かい合う美しい2人の姿は黒の放つ闇色の殺気で彩られ、えん戦慄せんりつとが入り乱れる様は、心弱い者であれば狂い死にするほどに混沌とし、異様な気が重く渦巻くように部屋を満たしていた。


 「悪いけどボク、一度気になっちゃうと、夜眠れなくなる質なんだよね。」


 このような空気の中でさえ、蒼はなお、軽口をたたくように黒に語り掛けた。

 黒の殺気は本物だが、海神には危害を加えるつもりがないことを、蒼は冷静に心の中で感じ取っていた。

 しばらくの沈黙の後、黒はふいに殺気を収めた。


 「あんたの結界は、僕のよりも弱い。海神にも聞かせたいなら、僕のいる時に・・・他は、許さない。」


 蒼は噴き出した汗を拭いながら、怠い身体をイスに放り出すようにして座り、後ろにもたれかかった。


 そうして少し気持ちを落ち着けてから、片膝をだき不機嫌そうにそっぽを見てしまった黒に、蒼は苦笑して話しかけた。


 「ありがとう。大丈夫・・・今はまだ海神に言うつもりはない。」

 「礼はいらない。僕が気になっただけ。あんたが何を知っていて、何を知らないのか・・・・。」


 ボクは2千年前に自分が知りえた事を黒に話して聞かせた。

 黒は先ほど同様、さも面白い話を聞いているというように、手を組んで目を輝かせ首をかしげてくる。


 全て話し終えると、黒は少し偉そうに顎を軽く突きだし片方の眉を少し上げると、小さく息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る