第123話 双凶の蒼と黒 2

 「ずいぶんと・・・怖い顔をするじゃないか。」

 「冗談。なぜ僕が怖い顔をする必要が?」


 あおの言葉を黒は鼻で笑った。

 滑る様にイスの背に指を走らせると、音もなくそこに座る。


 無造作に横で束ねられた漆黒の長い髪が彼の後を追い、ひじ掛けに頬杖をついた彼の肩をトロリと流れる様は、ただそれだけのことなのに雅やかで・・・見る者の目を惹きつけた。


 神妖や妖鬼はその能力が高いほど、見た目にある種の磨きがかかる。

 剛健をほまれとするものは禍々しい姿をなしていたし、そうでない者は玉を磨き込むようにその内面を反映させ、秀麗さを増していく。


 上位の神妖である白妙しろたえは、妖艶な美しさ。

 加具土命かぐつちは、健康的に磨きこまれた美しさ。

 海神は、静謐せいひつとした美しさ。

 妖鬼である蒼は、煌びやかで縛られることのない美しさがある。


 蒼は、初めて間近で目にする黒に、孤高の美しさを感じていた。


 「言葉にされるのは嫌か。君が誰をつがいとしているかはどうでもいい。ボクには関係がないからね。ただ、言ってみたかっただけだ。同じ道をたどる者として・・・・・。」


 蒼は張り詰めた空気を感じて神経を尖らせている海神に「大丈夫だ。」と声をかけると、彼の手を掴み指先をもみ始めた。

 黒がわずかに放った殺気を感じた海神の指先が、緊張で凍えていることに気づいたらしい。

 海神はわずかに眉間に皺をよせたが、表情とは裏腹に蒼の手を自分の指に絡めると、そっと上衣の影に隠してしまった。


 「はははっ・・・。少し、お前に興味が沸いた。話がしたい。」


 黒は軽く噴き出すようにして笑うと、海神にさりげなく視線を送ったように見えた。

 蒼の背筋をわずかな戦慄が走り、彼はほんの一瞬、黒を恐ろしいほど殺気のこもった目で睨みつけると、すかさず自分の背に海神を隠した。


 「蒼・・・?」

 「黒。一度結界を解け。三毛に海神を預けたい。」


 不安そうに名を呼ぶ海神を更に腕で自分の後ろへ押しやりながら、蒼は、堅い声音で黒に告げた。

 黒は興味深そうに目を輝かせながら、すぐに結界を解いた。

 蒼の呼びかけに応え、三毛が時を待たずして現れる。


 「海神・・・ごめん。少し2人だけで話をさせて。三毛・・・海神を頼む。」

 「謝る必要はない。必要があればすぐ呼べ。」


 扉から出る直前まで指先を触れ合わせたまま、海神は部屋を後にした。

 三毛が扉を閉め黒が再び結界を乗せると、蒼はため息をつき、黒が座っているイスのひじ掛けによりかかった。

 そのまま黒の顔に息がかかりそうな距離まで自らの顔を寄せていく。


 孤高の美しさを誇る黒と煌びやかな美しさで心を奪う蒼・・・・窓辺に揺れる白い花でさえ、ほのかに紅に染まるのではないかと思えてしまえるほど、2人の姿はあまりにも美しすぎた。

 だが・・・・・。


 「海神に、手を出そうとするな。ボクと2人きりで話がしたいのなら、そう言え。・・・・次はない。」


 蒼の口から紡がれたのは、一切の甘さを感じさせない殺伐とした言葉だった。

 その言葉は、喉元に切れ味の良い刃をスラリと当てるような殺気を帯び、静かに黒に放たれた。

 黒は鼻から小さく吐息をもらし少し顎をそらすと、間近にある蒼の海色の瞳を覗いた。


 「・・・随分余裕がないな。・・・そんなに、海神が大事か。」

 「・・・・全てだ。ボクは他を、望まない。」

 「あけすけだな。」

 「悪いか。」


 どちらも動こうとはせず、今にも触れ合いそうな距離のまま、重苦しい沈黙に身を委ねている。

 先に目をそらしたのは、黒だった。


 「いや。少し、うらやましい。・・・・謝罪する。もうしないよ。」


 黒曜のような瞳をわずかにそらし、腕で蒼の身体を遠ざけながらこぼれ落ちるように紡がれた黒の言葉に、微かなうれいを感じ、蒼は目を細めた。

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