第120話 水穂の告白 3


 「むしか。」


 宙でうねうねと身体をよじらせるそれに目をやり、白妙が顔をしかめた。


 「蟲は主に妖鬼が得意とする術のひとつだ。あまりに悪趣味な術のため、神妖に好んでこれを使用する者は少なく、逆に妖鬼にとっては、知能は低いが忠実で数も多く扱いやすい下僕になるため、これを使う者が多い。」


 久遠が説明を終えると、蟲は青白い炎に飲み込まれ一瞬で灰になった。

 どうやら、隣で不安そうに瞳を揺らしている海神に気づき、蒼が燃やしてしまったようだ。


 黒衣の青年もそうだが、この蒼という神妖も得体がしれない。


 2年前の祭の時に集まった妖月は、界の位の全ての神妖が顔をあわせていたという話だったが、彼の姿はそこにはなかった。


 海神の従者という名ばかりの体を保っているが、言動の端々から彼が尋常な者でないことが伝わってくる。

 従者を名乗るにはあまりにも態度が大きすぎるし、それにもうひとつ言うと・・・。

 この2人は、あまりにも仲が良すぎて目のやり場に困るくらいだった。


 未だに蟲のあった場所を、嫌なものでも見たというように顔をしかめ見続けている白妙に蒼は言った。


 「ま、そう嫌ってやるなよ。蟲だって生きてる。彼らが悪いわけじゃない。全ては使ったやつの責任なんだ。」

 「いやいや、蒼さん。お言葉ですけど、あなたさっきその彼らを容赦なく燃やしてませんでしたか?」


 勝が作り笑顔でわざとらしく問いかけると、蒼は恥じらう事もなくあっけらかんと答える。


 「ん?そりゃぁ当たり前でしょ。だって、海神が嫌がってたんだもん。何をためらう必要がある?」


 蒼の言葉に、俺たち4人は目を丸くし、口を開けたまま顔を見合わせた。

 名前を出された海神を見れば、眉間に皺をよせ険しい顔をしている。


 海神って、もっと口数が多い奴だった気がするんだけど、どうもこの蒼という神妖の前では、彼はいつもの調子が出ないようだ。


 おかしな沈黙が流れるなか、翡翠がお茶をくむ音だけがコポコポと響いていた。


 その妙な間を繋いだのは、白妙の意外な言葉だった。


 「確かに。それは蒼にとって見逃せぬ大事に違いないな。・・・それに、海神がこんなに嬉しそうにしている所など、そうそう見られるものではない。相変わらず、大切にされているのだな。」


 そう言って目を細め、海神の頭をなでようとした白妙の前に、蒼がスッと身体を滑り込ませた。

 白妙はつまらなそうに小さく息を吐くと、勝の隣へ座った。


 「話はそれてしまったが、その娘に蟲が憑いていたということは、すなわち・・・」

 「そ。思考の誘導を受けていた可能性が高いってこと。」

 「随分と手の込んだことを・・・・・。」


 白妙と蒼の話に、水穂は不安げに目を泳がせている。

 蒼は、もう一つの繭を取り出すと音楽室の少女の霊を解放した。


 「聞こえてた?君・・・ショクの計画に気づいてたんだろ。」


 蒼の言葉に、少女の霊は哀し気にうなずいた。


 『私には・・・水穂を止められなかった。ショクの契約条件は、私が死んだのと同じ日に同じ状況で真美を殺すこと。ショクは水穂に生霊として活動する方法を教え、力を貸した。出来なければ術の反動で水穂は死に、魂をショクに奪われる。成功すれば真美と水穂、両方の魂が報酬としてショクに奪われる。そのことを水穂に教えずにね・・・・・。残された道は私が真美を殺すことで帳尻を合わせるしかなかった。だから・・・・』


 ようやく、俺にも何が起こったのかがつかめてきた。

 ショクに騙され契約してしまった水穂。

 その水穂を救うため、少女の霊は自分の手を汚そうとしたんだ。

 それにしても、この事件はとても時間がかかっているし、手が込んでいる。

 その割に・・・・・。


 「話を聞いた限りですが、その妖鬼・・・かなり陰湿な質と感じます。そんな彼が、せっかく手間暇をかけて計画したものを、こんなにあっさり手放すとは思えませんが・・・・。よく簡単に手を引きましたね。運がよかったのでしょうか。」


 今まさに俺が考えていたのと同じことを、翡翠が問いかけた。

 彼女の言葉に、黒衣の青年と蒼が同時にピクリと反応をみせた。

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