第116話 ショクのお遊び
双凶の蒼は気ままなことで知られていた。
妖鬼の王を弑し、上空に浮かぶ巨大な館を居城としていることは周知の事実だったが、姿をさらす質でないため情報が少なく、その詳細は謎とされたままだ。
だが、黒に関しては少々違った。
そもそも、その存在自体を疑問視する声すらあるのだ。
黒が冥府で確認された回数はそれほど多くはない。
加えて、その全てにおいて、黒の
初めて彼の名が冥府に
そんな
彼が差し迫った様子で立ち去る時は、いつも同じ事象が残されていた。
無である。
なんの痕跡もなく、おびただしい数の魂だけがその場からごっそりと消えていたのだ。
だが、それ以外の場合においては別である。
ある時は数万体もの妖鬼の死体が整然と並べられ、恐ろしいほど綺麗に高く積み上げられていた。
死体から溢れたおびただしい血の流れは、作為的に用意されたくぼみに流れ込み、広い池を作った。
池の中心では、微光を
またある時は、白く輝きを放つ炎が大地を埋め尽くすように、広大で美しい花畑のごとく広がっていた。
数日間燃え上がったその場所から炎が消えると、一斉に小さな葉が芽生え、一夜にして白い花が大地をうめつくした。
その無数に咲き乱れる花の数は、その時黒に魂を奪われ消えた妖鬼の数と同じだった。
この白い花は、月の光に反応し赤い光を放つ。
滴る血のような光を放つ花が不気味に風に揺れる様は、冥府に住む妖鬼を震え上がらせた。
・・・・・殺戮の目撃者がいないのは当然のことだった。
黒という妖鬼は殺戮の対象とした者を、逃すことなく全てその刃にかけており、その対象というのは常に、彼の視界に入る全ての妖鬼を意味していたのだ。
双凶の黒という存在は、妖鬼たちにとって、姿無き災厄のようなものであった。
そんな幻のような存在に触れたショクは、興奮冷めやらない様子でしばらく奇声を上げていたが、ふと我に返ると嫌な笑みを顔に張り付かせ、ある場所へと移動した。
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彼はとても機嫌が良かった。
「立場をわきまえなければ進路に影響するぞ」と脅し文句をちらつかせれば、面倒ごとは気持ちが良いほどすっきりと、なんなく片が付いていく。
その後の子供たちの将来など、彼には一切興味がなかった。
権力を笠に思いのままに事を操り、自分に逆らえない弱者が物も言えず苦しみのたうち、自分をうらめしく睨んでくる姿を見下ろすこと・・・・それが彼にとってはなによりも心地よいものだったのだ。
ふと、彼は後部座席で声がするような気がした。
ルームミラーで確認すると、そこには美しい顔の青年と、
あまりの驚きに、教頭はハンドル操作を誤り対向車線へはみ出した。
猛烈な抗議のクラクションを鳴らす対向車とギリギリのところですれ違い、教頭は急ブレーキを踏んで車を止めた。
「なんだ!!お前は!!一体どこから入った!」
ガチガチと恐怖に震える顎を必死で動かし、教頭は震える声で青年に怒鳴りつけた。
冷たい汗がどっと吹き出し、シャツを一瞬で湿らせていく。
「危ないなぁ。ちゃんと前見て運転してよね。」
ショクはそう言ってわざとらしく教頭をにらんだ。
隣に座る真美の首筋を掴むと、真美はひきつった悲鳴を喉の奥から漏らした。
「すっごくいいことはあったけど、中途半端に退場してきちゃったから、やっぱりなんだかスッキリしないなーと思ってさ。そしたら丁度、お前らのことを思い出したってわけ。」
教頭は何のことがわからず益々混乱した。
ただ、この青年が自分の理解を超える何かであり、このままここにいるべきではないと本能が警報を発していることだけは確かだった。
彼は必至でシートベルトを外そうともがくが、まるで溶接でもされたように全く外れる気配がない。
「馬鹿だなぁ。下りたらダメに決まってるじゃん。お前、今から運転するんだからさ。」
「やめろ・・・・何をする気だ。」
全身をブルブル震わせながら教頭がかすれる声で問いかける。
「ふふふ・・・・・お楽しみ・・・だよ。」
その声を最後に教頭の口は、真美と同じようにうごめく細い虫で縫い留められた。
3人を乗せた車は、闇の中を再び静かに走り出した。
・・・・・翌日。
誠真中学校は休校を余儀なくされた。
理由は、前日の夜に起きた事故が原因だ。
誠真中の教頭が運転する乗用車が、飲酒運転で事故を起こしたのだ。
猛烈なスピードを出した車は車道を外れ全てをなぎ倒すと、飛び込むように川の中へ落ちた。
目撃者が多かったため、すぐに救助が呼ばれたが間に合わなかった。
乗車していた2名は車内で絡みつくように抱き合ったまま、恐怖に目を見開いた表情で溺死していた。
遺留品から、2人が直前まで近くのホテルに滞在していたことが確認されたのだった・・・・・。
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