第111話 真美と水穂 1

 「時間が惜しい。みんな手を・・・・・。」


 俺たちが手をつなぐと、光弘みつひろは、俺の肩に手を触れた。

 頬を風が吹き抜けるような感覚と同時に視界が揺らぎ、次の瞬間には少女の亡くなったバス停の近くに移動していた。


 「ちょっと思ったんだけどさ、もしかして今日って・・・・・。」

 「さっき光弘が言ってた通り、彼女の命日だ。きっと、今日何かあるんだ。彼女はそれであんなに焦ってたんだよ。」


 俺たちは、緊張した面持ちでバスが来るのを待った。

 バスを待つ間、俺たちは今回の話を整理してみた。

 俺は一本ずつ指を立てながら確認していく。


 「今回かかわっているのは3人。1人目は事故で亡くなった少女。彼女が音楽室の霊で、真美を殺したがってる。ただ、俺の感想では彼女の様子を見る限り、自分の恨みを晴らすためではなさそうだった。」


 俺の言葉に全員がうなずいた。


 「次に、真美。自分を守るために、2人の友人を裏切った。」

 「反省している感じや後悔している感じは一切ないとこがヤバイよな。」


 勝の言葉に、光弘が悲しそうに眉間に皺をよせた。 


 「最後に、水穂。恐らく、彼女がバスの少女の霊で間違いない。ただ、霊と言っても彼女の本体は生きている。」


 今朝、光弘が教えてくれた通りであれば、彼女は生霊という奴だろう。

 もう少し時間があれば、水穂本人に直接会いに行きたかったのだが、その時間を作れなかったことが悔やまれる。


 さきほどの突然の襲撃といい、全てが後手後手に回ってしまっているような不安がぬぐえない。


 「わかんないのは、音楽室の少女が言ってた"ショク"って言葉だ。それと、さっきの手。」

 「確かに、あんなヤバそうなの今まで見た事なかったよな。癒の攻撃受けて骨だけになったのに動いてたし。しっかりひずみまで持ち去ったんだから。」


 そう言って、勝は思い出したように身震いした。


 「だいたいよー。こんなこと言ったら白妙のやつが心配するから言わなかったけどさ。今回の依頼内容、ぶっちゃけいきなりハードル上がりすぎだろ。・・・なぜ彼呼迷軌は俺たちにこの依頼を告げたんだ?」

 「嫌な・・・・・予感がする。」


 そんな話をしているうちに、まっすぐ伸びた道の向こうからバスがくるのが小さく見えた。

 俺たちは緊張の面持ちでバスを見つめた。


 「とにかく、油断は禁物だ。」


 バスが着きドアが開くと、水穂の霊が降りてきた。

 顔を上げた水穂は虚ろな瞳で俺たちを見て、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

 赤黒い霧が、彼女の全身から噴き出すようにあふれだす。


 後から降りてきた真美は、俺たちの姿を驚愕の表情で見つめた。


  「なんで!?学校にいたはずじゃ・・・・。」


 ヒステリックに叫び声をあげ、真美は大慌てでバスに戻ろうとした。

 その時。


 『無駄よ。』


 水穂が真美の足を指さした。

 水穂の足元から蛇が現れ、真美の足首に一瞬でぐるりと巻き付いた。


 「いやぁああああっ!!!」


 突然、見えない何かに足をつかまれ、真美が悲鳴をあげる。

 巻き付いた蛇は、そのまま真美の足首に鋭い牙を容赦なく突き刺した。


 その瞬間。

 真美の瞳から光が消えた。

 ぼんやり宙を見ながらゆっくりとバスをおりてくる。


 「おい。どうした?大丈夫か?」


 突然の悲鳴に驚いたバスの運転手が声をかけるが、真美は振り向くこともせず、そのままバスの前方へ向かって歩いて行く。


 「なんだ?・・・・足がっ。」


 何も答えず行ってしまった真美を怪訝な表情で見送り、バスを発車させようとした運転手が戸惑いの声を上げた。

 見ると、彼の足に、真美に巻き付いたのと同じ蛇が無数に絡みつき、その動きを止めている。


 運転手には蛇が見えていないから、「足がつってしまったので。少し待って欲しい。」といったようなことを、慌てて車内の乗客に告げていた。

 もし絡みつく無数の蛇の姿が彼に見えていたなら、その場で発狂していたことだろう。


 真美の行く先には、先日と同様に水たまりがあった。

 だが、普通の水たまりではない。

 赤黒く渦をまくやわらかな粘土のような塊が水たまりから飛び出し、バスの対向から向かってきた車へとびかかって行った。


 対向車の運転手も、恐らくバスの運転手と同様に足の自由を奪われてしまったのだろう。

 無理矢理停車された車に動かない足・・・・運転手は驚愕の表情のまま下を向いて確認している。


 水たまりから湧き出す赤黒い塊は、今度は真美へ向かい、一直線に伸びていった。

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