第109話 音楽室の少女と真美 1

 放課後、俺たちが音楽室の前で待っていると、真美まみ眉間みけんしわを寄せ、歩み寄ってきた。

 ゆいが、光弘が話せるように小さな結界を張る。


 「ねー。なんで光弘君以外の子までいるの?空気読んでよねー。」


 髪の毛を指に絡みつけながらそう言って睨んでくる彼女に、光弘が口を開いた。


 「ありがとうございます・・・来てくれて。・・・真美さん。今日が何の日か、わかりますか。」

 「さぁ・・・。えっ?もしかして、何かの記念日?」


 真美の興奮した様子に、光弘は表情を変えず、淡々と言葉を放つ。


 「いいえ。今日は、あなたと仲の良かった友人が亡くなった日ですよ。・・・・覚えて、いませんか。」


 光弘の言葉に、真美は一気に顔色を青ざめさせた。


「俺たちが話したいことというのは、2年前に亡くなった真美さんの友人の話なんです。」


 光弘が口にした途端、真美はギクリと動きを止めた。

 髪をいじっていた指先が震え始める。


 「話すことなんて、なにもない。私、帰る!」


 真美が慌てた様子でその場を去ろうとした時、光弘が容赦なく言霊を放った。


 『動くな』

 「なっ・・・・!」


 言霊でその場に縛り付けられた真美は、目をこぼれそうな程大きく見開いた。


 「ちょっと!なんなの!?身体が動かない!」


 取り乱して叫び声を上げる真美にかまわず、俺はあらかじめ校長に頼んで鍵を開けておいてもらった音楽室の扉を開けた。


 『入れ』

 「いや!私を帰して!あんたがやってるの!?」


 光弘の言霊に逆らう事など出来るわけもなく、真美は叫びながら音楽室の中へ真っ直ぐ入っていく。

 全員が部屋に入ったところで、俺は静かに扉を閉めた。


 いつものように、少女の霊がそこらじゅうを叩きまわり暴れ始める。


 「いや!なんなの!!本当に、もう私を帰してよ!」


 ついに涙を流し始めた真美を一瞥すると、光弘は少女の霊に向かい、言霊を放った。


 『しずまれ』


 少女は前日と同じようにピタリと動きを止めた。

 俺は彼女の近くに静かに寄り、虚ろな瞳へ話しかけた。


 「真美さんを連れてきた。」


 少女の霊は、目を見開いた。

 ゆっくりと首を曲げ、真美の方を向く。


 『真美は、私が殺す。』


 そう言って、少女は真美へと手を伸ばす。

 だが、儚い陰影でしかないその体が真美に触れることなど、できるはずもなかった。


 「ひっ・・・・!」


 ゾクリとした悪寒が背筋を走り、真美は短く悲鳴を上げた。

 俺は、少女の霊に向かい、静かに言った。


 「無理だよ。君はもう死んでしまってるんだ。生きている人に危害を与えるための肉体がない。」


 俺の言葉に、少女は絶望に満ちた表情を浮かべた。

 俺は彼女に問いかけた。


 「君の目的はなんだ?なぜ、彼女を殺そうとする?」

 「あんた、さっきから一体、何と話してんのよ!殺したいって・・・まさか、私のことじゃないでしょうね!?」


 俺の言葉を聞いていた真美が、ヒステリックに金切り声を上げる。


 「ここに、2年前事故で亡くなった君の友人がいるんだ。君を・・・・殺したいと言っている。何か心当たりがあるんじゃないか?」


 真美は顔を引きつらせ、俺を睨んだ。


 「は?んなわけないでしょ?からかってんの?じゃなかったらあんたたち、中二病ってやつだわ。キモッ!」


 俺はため息をついた。

 これでは話にならない。

 そんな俺の隣で、光弘が口を開いた。

 いつの間にか、癒が結界を解いている。


 「俺のことを言うのは構わない。だけど、真也たちを悪く言うのは許さない。もう、わかっていますよね。あなたは俺の言葉に逆らうことができない。・・・・・知っていることを全て教えてください。言っておくが、俺は気が長い方じゃない。」


 光弘が言葉を紡ぐたび、窓際の植物たちがザワザワと音を立て、急激に成長していく。

 観葉植物のツルが真美の足首に巻き付き、上り始めた。

 真美は悲鳴を上げ、パニックに陥りながら、秘められていた事実を吐き出し始めた。


 

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