第108話 紅葉の心配

 一日を終え、眠りについた光弘がいつものように白い世界に目覚めると、表情を険しくした紅葉くれはがいた。


 「どうした?そんな表情かおをして。」


 光弘が問いかけると、紅葉は目を細め、じっと光弘を見つめてくる。


 「今日、君の周りで、知った名を耳にした。嫌な名だ・・・・。奴が絡んでいる痕跡も、見つけた。近くにいれば祓ってしまえたが、姿がなかったんだ。」

 「君がそんなことを言うなんて、よほどな相手なんだな。」


 光弘がそう言うと、紅葉は鼻で笑った。


 「いや・・・クズだよ。僕の相手になるようなものじゃない。ただ・・・・あなたをあれに、近寄らせたくないだけ。」


 紅葉は再び真剣な表情になると、光弘を真っ直ぐに見つめた。


 「霊の正体は、死んだ者だけとは限らない。バスで出会ったものは音楽室のものより意思が強く明確だ・・・恐らくあの霊の正体は死んでいない。明日の朝、命逢みおの洞窟で、真也しんやにも伝えて・・・・・。何か、嫌な予感がする。」

 「わかった。」


 光弘は命逢での毎朝の鍛錬を欠かさず行っていた。

 これに数カ月前から真也が合流しているのだ。


 光弘が不安げに瞳を揺らすのを見て、紅葉はとろけるような美しい笑顔を向けた。


 「不安に思わないで・・・・・。僕はいつでも、ここにいる。助けが必要なら、迷わずに僕の名を呼んで。」


 そう言って、光弘の頬に伸ばした手を、紅葉は触れる直前でそっと引っ込めた。

 光弘は寂しそうに目を伏せた。

 相変わらず、紅葉は自分と触れようとはしない。

 紅葉は沈んだ空気を取り繕うように、柔らかい声で光弘に話しかけた。 


 「今日は、僕の番じゃなかったはず・・・・。どこの景色を見せてくれるの?」

 「俺は、君のように長く生きてはいないから、いつも同じような場所ばかりになってしまうな。」

 「いいんだ。君の日常を知れるのは嬉しい。」


 紅葉の言葉に、光弘は小さく首をかしげながら微笑んだ。


****************************


 翌日、俺と勝と光弘は、休み時間を使って、真美という3年生の教室を訪れた。


 今朝、命逢での鍛錬で、光弘が言っていたことが気になっていた。

 考えすぎであればいいが、俺は大きな思い違いをしているのかもしれない。


 都古は、なんだかいい予感がしないと顔をしかめ、今回は教室で待機することを選んだ。


 真美のクラスにつくと、彼女はおとなしそうな4人の女子に囲まれ、化粧とテレビの話なんかをしながら、大声で笑っていた。


 俺たちが声をかけると、すぐに嬉々として走り寄ってくる。


 「なぁに?まさか、君から呼び出されるとは思わなかったなー。」


 そう大きな声で言って、真美は視線をあえて集めた。

 どうやら光弘に呼び出されたということを、周りにアピールしたいようだ。


 俺はなんだか頭痛がしそうだった。

 とはいえ、ここで彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 そう思っていると、光弘が口を開いた。

 ゆいがいつの間にか、ごく小さな結界をはっている。 


 「休み時間中にすみません。俺、ちょっと先輩と話したいことがあって・・・・・。放課後時間をもらえますか。」


 光弘の言葉に、真美は化粧の濃い派手な顔を上気させた。


 「えー。放課後ぉ?どうしよっかなぁー。私は別に今でもいいんだけどー。ふふふっ・・・・いいよ。時間作ってあげる。」

 「ありがとうございます。放課後音楽室前でお待ちしてます。」


 3年の教室を後にした俺としょうは、同時にため息をついた。


 「ありゃ・・・ねーわー。」

 「ごめん。俺はノーコメント・・・・。」

 「光弘って大人だよな。俺、無理!」

 「あのタイミングでしっかり結界張ってた癒もすごいよ・・・・。光弘、なんも言ってなかったのにさ。」


 俺の台詞に、癒は当然だというばかりにツンと斜めに顎を上げた。

 2年の廊下に戻った俺たちは、そこで待っていた都古に真美の話を報告した。


 「やっぱ、お前ついてこなくて正解だったわ。真美ってやつ、完全に光弘が告りにきたと思ってるみたいで、ご機嫌でオッケー出してたよ。都古が来てたらへそまげて話になんなかったかもな。」


 真美を見た後だからか、都古がいつも以上に可愛らしく見えて、俺は何気なく都古の頭をなでながら癒されていた。

 都古は不思議そうに首をかしげたが、嬉しそうに目を細めた。

 それをみて、俺も光弘も笑顔になった。


 「なんか、あんなん見た後だからか、都古でも純粋で可愛いい生き物に見えるわー。」


 勝・・・・お前、今日の稽古が荒れても知らないぞ。


 俺はそう思ったが、口にはしなかった。

 俺たちは、放課後落ちあうことにして教室へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る