第106話 音楽室の少女 5

 彼女は部活を終えてからバスに乗っていた。

 彼女の乗ったバスと同じ時間のバスに乗ることにした俺たちは、放課後になり時間合わせもかねて、校長室へと足を運んだ。


 現3年生の入学式の写真を確認したかったのだ。

 校長にお願いすると、快く入学式の写真を貸し出してくれた。


 たくさんの小さな顔が並ぶ集合写真を確認すると、やはりそこに音楽室にいる彼女の姿があった。


 「彼女だ。」


 俺が写真を見せると、光弘もうなずいた。

 俺たちの言葉に反応し、校長も身を乗り出したが、写真をみて表情を険しくした。


 「おや。この子は・・・・。」


 校長はそう言って言葉をつまらせてしまう。


 「何かあるんですか。」


 俺の問いかけに、校長は少しうなって口を開いた。


 「少し、心当たりがあってね。調べておくからもう一度ここに寄ってくれないか。」


 校長の言葉にうなずき、俺たちはもう一度音楽室を見せてもらえるよう頼んだ。

 校長は嫌な顔一つせず、すぐに音楽室のカギをあけてくれた。


 「終わったら鍵を閉めにくるから。」


 そう言って、校長は行ってしまった。


 「確かに、入口に妙な形のひずみがあるな。」

 「本当だ。こりゃぁ危ねーわ。」


 都古みやこしょうは、音楽室の入口を確認して言った。

 中に入ると同時に、前回と同じようにいたるところから、叩くような、はじくような音が聞こえてきた。


 写真に写る彼女とこの少女は同じ人物で間違いないようだった。

 髪を振り乱しながら、錯乱して走り回る彼女の目には、やはり俺たちの姿は入っていない。

 

 「彼女。なにをこんなに焦っているんだろう。」


 俺は、彼女の表情から、何かとても慌てているような感覚を感じていた。

 怒っている感情ももちろん激しいほどに渦巻いているのだが、それ以上に何かあせっているのを感じるのだ。


 少しでいいから、彼女と話ができたらいいのに。

 そう思って、腕組みしていると、光弘が俺の腕をひいて顔をのぞきこんできた。

 なるほど、光弘なら彼女を一時的に落ち着けることができるかもしれない。

 あいかわらずぬかりのないゆいが、すでに結界を張っていた。


 「しずまれ。」


 光弘が言霊を発すると、荒れ狂っていた彼女が張りつけられたようにその場でピタリと動きを止めた。

 無理矢理魂を抑えられているせいか、体中がブルブルと小刻みに震えている。

 虚ろな瞳で宙を見つめる彼女の瞳から、涙がこぼれた。


 『助けて・・・・。間に合わない・・・・。』

 「何が間に合わないんだ?」

 『車・・・・ひかれる。ショクが・・・・。』


 俺の問いかけに、少女は苦し気な表情で答えた。

 自分が事故にあった時の話をしているんだろうか。


 「俺たちに力になれることはないか?」

 『ここから・・・・出たい。私が殺す。』

 「殺す?誰を?」

 『真美まみ


 俺は何度か質問したが、同じ答えが返ってくるばかりで、これ以上の話は今の彼女からは聞けそうもなかった。


 光弘が彼女の縛りを解くと、彼女は再び激しく暴れ始めた。


 「やはり、今の彼女をここからだすわけにはいかない。霊に人を殺すことはできないが、このまま放てば穢れを寄せる。彼女の魂が傷ついてしまう。・・・・・真美というのは誰なんだろう。」

 「さっきの校長の反応も気になるし。心当たりはないか、校長に話を聞いてみよう。」


 俺たちは暴れる彼女を残し、音楽室を出た。


 再び校長室へ戻ると、俺たちは早速”真美”という人物に心当たりはないか、校長に聞いてみた。

 校長は険しい表情で口を開いた。


 「やはり、彼女も関係してくるか。」

 「やはり・・・というのは?」

 「実は、亡くなった少女をひいた車は、その真美という子の母親が運転していたんだよ。」


 俺たちは息をのんだ。

 確かに保護者が運転している車がひいてしまったと聞いていたが・・・・・。


 「話は大分ややこしい。君たちはその名をどこで聞いたんだ?」

 「音楽室の彼女が言っていた名前です。ややこしいっていうことは、ただ事故があっただけじゃないんですか。」


 俺の問いかけに、校長はため息をついた。


 「他言は無用で頼むよ。私も当時ここにいたわけじゃないから、他から聞いた話になってしまうが。」


 俺たちがうなずくと、校長は重い口を開いた。

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