第105話 音楽室の少女 4
亡くなった少女の事はすぐにわかった。
今の3年生が入学し2カ月がたつころのことだ。
その日は雨が降っていた。
バス通学のその女子生徒は、下校時バスを降りるとバスの前にある横断歩道を渡った。
その時、バスを追い抜き猛スピードで走ってきた車に、彼女ははねられてしまった。
車はその場から逃走した。
彼女は病院へ運ばれたが、次の日を迎えることなく儚い存在となってしまった。
逃げた車は目撃者が多かったため、すぐに見つかった。
彼女をひいたのは、同じクラスの生徒の親だった。
これが誰もが事実として認識している事件の全貌だった。
この話は、俺たちも小学生の時に何となく耳にしたことがあった。
だが、下校中に命を落としたこの彼女が例の音楽室の少女なのだとしたら、なぜ音楽室にきたのかがわからない。
とはいえ、部活に入っていない俺たちには、他の学年に知り合いが少ないため、情報収集は思いのほか難しそうだった。
ところが、休み時間。
廊下に集まった俺たちがこのことで頭を悩ませていると、隣のクラスの女子2人が小走りで駆け寄ってきた。
「あの。川名君が事故で亡くなった人の話を知りたがってるって聞いたんだけど・・・・・。」
2人は顔を赤らめて光弘に話しかけた。
光弘は小首をかしげ、2人に優しく笑いかけた。
癒が小さな結界を張る。
「私たち、彼女と家が近くて・・・・うちのお兄ちゃんその時、同じバスに乗ってたの。」
「事故の時、近くにいたのか。」
勝の問いかけに、少女たちはうなずく。
「お兄ちゃん、凄く怖かったって言ってた。今でも夢に見るみたい。ひかれた直後、車は一度は止まったんだって。」
「すぐ逃げたんじゃなかったのか。」
「うん。ひかれた人もまだ意識があって・・・・車のドアが開いたから、お兄ちゃんは運転してる人が降りてくると思って見てたんだって。だけど、車はドアを閉めてそのまま逃げちゃって・・・・・。救急車を待つ間、その子ずっと『どうして?』ってつぶやいてたらしいよ。」
光弘は顎に手をあて、少し何か考えていた。
「きっと、ひいた人がそのまま逃げちゃったのが悲しかったんだよね。・・・・可哀想。」
光弘は話をしてくれた少女たちにお礼を言って微笑んだ。
女子生徒たちは、興奮したように小さく悲鳴をあげながら走り去った。
「それにしても。おかしくないか?」
「なにがだ?」
「事故のこと知ってる奴探してたの・・・俺だよな。」
「?」
「なんで俺じゃなくて、光弘のとこにきたんだろう。・・・おかしいよな。」
勝の情けない表情に、俺たちは思わず吹き出した。
中学生になっても・・・・いや、むしろ中学生になってからさらに、光弘の魅力は増している。
体つきがしっかりしてたくましくなったし、背も少し伸びて相変わらずスタイルもいい。
中性的で、少し幼さの残る整った顔立ちは変わらず、涼し気な目元で微笑めば、男でもドキっとするくらい魅力的なのだ。
周辺の小学校4校が中学で合流したことで、光弘目当ての女生徒はさらに増えるばかりだった。
さきほどの女生徒たちも、勝の探し人の話をだしに光弘に近づいてきたのは、誰が見ても明らかだ。
「完敗だな。」
都古がニヤリと笑いながら言い放つのを、勝は唇をとがらせて甘んじて受けた。
とにかく、勝と光弘のおかげで、間接的とはいえ目撃者の話が聞けた。
俺たちは、放課後この少女亡くなった事故現場を訪れることに決め、教室へと戻った。
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