第104話 音楽室の少女 3

 「とりあえず、校長から例の少女の名前は教えてもらえたから、そこを足掛かりに地道に探ってみるか。」


 稽古を終え、俺は明日からの動きについて提案してみた。


 「だな。俺・・・ハッキリ言ってあの教頭にかかわるのはごめんだしよ。」

 「私が頭の中をよんでやろうか。」

 「ありがと、白妙しろたえ。確かにお前がやれば一瞬で終わるんだろうけど、今回は任せてくれ。お前が俺たちじゃ限界だって判断したら、その時はすっぱり諦めるから。・・・その時は力をかしてくれるか?」

 「フッ・・・・・聞くまでもなかろう。」


 しょうの言葉に、白妙は妖艶な笑みを返した。


 「決まりだ。」


 こうして俺たちは、本格的にこの依頼について動き始めることになった。


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 真也しんやの家の稽古場から、はらいを使い、直接転移して帰宅した光弘みつひろは、ふわりと肩から舞い降りたゆいに微笑んだ。


 癒はいつものように部屋の中に結界を張り巡らせる。


 「いつもありがとう。癒。」


 そう言ってシャワーを浴びに光弘が出て行ってしまうと、癒は部屋の隅でうごめいている赤黒い靄をまとった小さな生き物を冷たく見つめ、瞳を光らせた。


 ネズミに似た姿のその生き物は、一瞬で粉みじんに切り裂かれ、燃えて灰となった。


 癒が光弘と共に過ごせるようになり、宵闇よいやみの黒霧を封印した直後から、このような輩が光弘を付け狙い始めた。


 癒がそんな連中の存在を許すわけもなく、これらの有象無象の連中は、その強弱にかかわらず、光弘の目に留まる前に全て一瞬で灰にされていた。


 うっとしいクズどもが。


 癒は、冷たく瞳を光らせると、光弘がシャワーを浴びている間に、今日も周辺を一掃し始めた。


 シャワーを終え、光弘が出てくると、癒が布団の上で丸くなって眠っていた。


 「癒・・・・・。」


 呼びかけても反応しないのを確かめてから、光弘は小さな癒の身体をそっとなでた。

 癒は自分から身体をすり寄せてはくるけれど、こちらから触られるのはあまり好きではないのだ。


 まるで紅葉くれはみたいだな。


 光弘は寂し気に微笑むと、癒を起こさないよう部屋を出て行った。


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 眠りについた光弘は、いつものように真っ白な世界で目を開いた。

 そこにはいつものように紅葉の姿があった。

 紅葉がなんだか、少し口をとがらせて困った顔をしているような気がして、光弘は首をかしげた。


 「何かあった?」

 「なんでもないよ。それより、今回の依頼は随分と難儀しそうだね。手伝おうか。」


 光弘より大分背が高くなった紅葉が、静かに瞳を覗き込んだ。

 まだ少し幼さの残る紅葉は、出会ったころよりさらに美しさをましているようで、見慣れている光弘でさえ、時折ドキッとすることがある。


 「わかって言っているんだろう。・・・・君は賢い。」


 光弘が苦笑して言うと、紅葉は嬉しそうに微笑んだ。


 「僕じゃない。あなたが賢いんだよ。君の思っているとおり・・・何もなければ、僕は手出しをしない。・・・・・それにしても、人というのは厄介だね。短く儚い貴重な生を、ああも醜く心を育てあげることに捧げてしまうなんて。あの教頭という人間は・・・妖鬼よりも、質が悪い。」

 「君の言う通りかもしれないな。とにかく、彼女の怒りを少しでも和らげられないか、考えてみるよ。」

 「うん。大丈夫。きっと全て上手くいく。・・・・もし、僕の力が必要になったなら、いつでも呼んで。」


 光弘は、嬉しそうに目を細めうなずいた。


 毎日彼と時を過ごすようになっても、いまだに光弘には紅葉が何者なのかはわからなかった。

 もちろん人ではないだろう。

 でも、神妖じんようともだいぶ空気が異なるように感じるのだ。


 それでも、紅葉と過ごす穏やかな時間が温かくて、光弘はとても満たされていた。


 突然、風が吹き抜け、辺りの景色が変わった。

 紅葉の長い髪が風になびく。

 いつものように、紅葉が景色を移したのだ。


 どこかの山の頂上だろうか、真っ黒な夜空に見たことがないほどの、無数の星が輝いている。

 紅葉が、厚い毛皮の大きな敷物をどこからか取り出して、地面に広げた。


 「ここに横になるといい。星が、よく見える。」


 そう言って無造作に横になった紅葉の横に並んで、光弘も寝転がった。

 紅葉が困ったように横を向く。


 自分で誘っておいて横をむいてしまった紅葉に、光弘は少し笑ってしまった。


 「なんで笑うの?」

 「なんでもない・・・・・・。ごめん・・・嘘。君が、星を見ると言っておきながら横を向いてしまったから。」


 光弘の言葉に、紅葉は小さくため息をついた。

 

 「綺麗だな・・・・。」


 星を眺める光弘の口から、自然に感嘆の言葉が漏れた。


 「いつか、本物を見に連れて行ってあげる。」

 「・・・・・ありがとう。」


 星を見つめたまま紅葉が静かに言った言葉を、光弘は不思議な気持ちで受け止めていた。

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