第100話 2年後 1

 俺と光弘は、命逢みおの上空に浮かぶ島にいた。

 島の中はうっそうと樹々が生い茂り、様々な花が咲いている。


 俺も、勝も、光弘も、中学1年の後半から、だいぶ背が伸び身体もしっかりし

てきた。

 都古は相変わらず小さいままだったが・・・・・。


 宙を泳ぎ優しく頬を突いてくる金色の魚に、光弘は笑顔を向けた。

 胸びれをくすぐるようにしてそっと撫でる。

 金の魚は嬉しそうに光弘にまとわりついてはしゃいだが、それをゆいが、心底うっとおしそうに追い払ってしまった。


 出会ったあの日から、2年が経とうとしていたが、相変わらず癒は、見た目と違って光弘以外にはクールだった。


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 祭の翌日から、妖月ようげつ神妖じんようたちがかわるがわる俺たちに体術、言霊、妖術、剣術などなど、あらゆる稽古をつけてくれた。


 どういう心境の変化があったのか、光弘は最終的に、ゆいとの契約を受け入れた。

 契約を終えた癒は、毛並みが艶やかに輝き、上等になったように見えた。


 光弘は、自分がもつ能力について俺たちに聞かせてくれた。

 自分の歌声が、生き物たちの成長を異常なほど促してしまうのだと。


 話を聞きながら難しい顔をして何か考え込んでいた白妙だったが、光弘が「最期に小さな人の形をなして消えてしまうのだ」と、伝えると優しく微笑んだ。


 「私に思い当たることがある。光弘。お前、我慢の必要などないぞ。ここで歌ってみろ。」


 光弘がためらいがちに歌い始めた途端、辺りのものが激しくざわつき始めた。

 歌に込められた光弘の想いそのままに、強く優しく激しく成長を遂げていく。


 俺たちは急激に成長を遂げていく生き物たちの姿に圧倒され、息をのんだ。


 成長を終えた生き物たちは、淡い光を放ち、小さな人のような生き物に姿を変えた。

 だが、歌が終わっても彼らの姿は光弘が言ったように消えたりはしない。


 自分を囲い、戯れるたくさんの小さな命に驚き、光弘は白妙を振り返った。


 「やはりな・・・・。光弘。お前のその声は、命を奪っているのではない。命を与えているのだ。」


 驚く光弘に白妙は言った。


 「恐らくだが、生まれたばかりの神妖にとって、人の世は存在し続けるのが難しい場所なのだろう。消えたようにみえて、連中は必ずどこかで生きている。心配するな。運が向けばいつか出会うこともあろう。」


 契約を経た癒が強さを増したせいもあるのだろうか。

 光弘の周りは癒が常に気を配り、必要に応じて結界を張ったりもしているため、光弘は以前ほど神経をとがらせなくても話をすることができるようになった。


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 その後。

 俺たちは、妖月の神妖の面々に、かなり容赦なく鍛え上げられた。


 そのおかげで最近では、執護あざねの仕事の一つである、ひずみの回収のような簡単な依頼なら、白妙しろたえ久遠くおんの補助無しで、俺たちだけで任せてもらえるようになってきたのだ。


 現に今、現在進行形でしょう都古みやこが、近所の道路わきに発生したひずみの回収依頼を受け、2人で出かけている。


 「ゆい。おいで。・・・・・始めよう。」


 そう言うと、光弘は樹々の向こうで口を開けている洞窟の中へ入って行った。


 光弘がこの島で一人鍛錬に励んでいることを知ったのは、実はほんの3カ月ほど前のことだった。

 まじめな光弘は、通常の稽古を終えた後、この浮き島で一人トレーニングを続けていたのだ。


 洞窟の奥へ進み、澄んだ水が湧き続ける泉のそばにくると、光弘は下着1枚になった。


 服を着ていると全くわからないが、光弘は細く見えて意外といい体つきをしているのだ。

 腕も背中も腹も、柔らかくしなやかな筋肉が影を落としている。


 俺も光弘と同じように下着1枚になり、2人で浅い泉の中に静かに入った。

 冷たい水に、気後れしそうになる心を追い立て、泉の中心で胡坐を組み、手を静かに腹の前で組んだ。


「癒。お願い。」


 光弘の声に、癒は瞳を光らせた。

 俺たちの頭上に見えない滝口ができ、上から冷水が落ちてくる。

 その冷たさに、一瞬息がつまった。

 すると冷たかった水が、光弘の方だけ適温のシャワ―のように変化した。


 光弘が、滝の下から顔を出し、髪をかき上げて癒に向かって困ったように微笑んだ。

 相変わらずの涼し気な目元は以前にもまして優し気で、見る者の目を惹く。


 「癒・・・・・ありがとう。でもこれじゃ、修行にならないよ。」


 癒はまるで「光弘はそんな辛い事しなくていい。」とでも言いたいのか、小首をかしげている。


 「というか、癒。・・・・なんで俺は水のままなんだよ。」


 俺が苦笑すると、癒はさも当然とばかりに胸をそらした。


 癒は力いっぱい光弘にだけ甘い。

 海神にすすめられて始めた滝行まで、気持ちのいい入浴時間にしてしまうのだから、どうしようもなかった。


 でも、まあ、光弘にはそれくらいでちょうどよかったのかもしれない。


 放っておくと、どんどんストイックに、深みにはまっていってしまうのだ。


 そもそもこの浮島を修行の場に選んだのも、高所が苦手なのを克服するためなのだと言っていた。

 光弘は相変わらず、人に優しいのに自分の事は追い詰める。


 「癒・・・・。俺、強くなりたいんだ。」


 光弘の言葉に癒はすぐに滝の温度を水に戻した。

 

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