第99話 昔語り

 神妖たちに語り継がれる昔話の中で、最も有名な話がある。



 2,000年の昔。

 一人の人の子があった。

 この人の子は、外すことのできない面をつけていた。


 この面のせいで前が見えなかったのか、ある時人の子は人の世界から、神妖の住処すみかへと足を滑らせ、落ちてしまった。


 神妖の長は、落ちてきた人の子を哀れに思い、自らが育てることを決めた。

 だが、人の子は弱かった。

 ことあるごとに病やケガで弱ってしまう人の子の身体を、長はその度ごとに、歌に宿る言霊で癒した。


 人の子を想う長の歌は世界を越え、人々の世界にまで響いた。

 これに感動した人の王は、人の子とともに、神妖の長を自らの城へ招きもてなした。


 王は自分の受けた感動の礼だと言って、人の子の顔に張り付いた面を外してやった。

 こうして人の子は晴れて自由の身となり、姿を消した。


 長は、人の子を救ってくれた王に感謝し、彼のために城にある高い塔の中で、歌を捧げ続けた。

 長の歌は、長い年月人の世に太平をもたらした。


 だが、ある時突然、その平和に影が射した。

 一体の力の強い神妖が、長の歌を独り占めにしようと、襲ってきたのだ。


 王は神妖たちと力を合わせ、この穢れた神妖を退治した。


 こうして再び人の世に平安が訪れたのだが、この平和は長くは続かなかった。

 どこからともなく現れた黒い妖鬼が、3つの時を数えるまでに、人の世を魂ごと全て焼き尽くしてしまったのだ。


 炎が全てを焼き尽くした跡に、神妖の長と黒い妖鬼の姿はなかった。


 こうして人の世はあっけなく滅びた。


 ちょうど同じころ、神妖の国も大きな災いに襲われていた。

 冥府にいる妖鬼の王が、神妖狩りを始めたのだ。

 たくさんの神妖が妖鬼に襲われ、命を落とし魂を食われた。


 一方的に殺戮を繰り広げる妖鬼たちを止める術もなく、長のいない神妖たちは恐怖に震えた。

 そんな時だった。

 思いもよらない、一筋の光が射したのは。


 青い衣をまとった一体の若い妖鬼が、妖鬼の王に挑み、その首をあっさり切り落としてみせたのだ。


 この、黒と蒼の妖鬼は事を成し遂げると姿をくらませてしまった。

 雲をつかむようにその正体がつかめないまま、神妖や妖鬼たちは、この2体を『双強の妖鬼』と呼び恐れ敬った。 


 全ての災いが去ると、生き残った神妖たちの耳に、長の声が聞こえてきた。


 神妖の長は自らの命を全て使い、生き残った神妖たちに新しい生き場所を与えるため大切な場所を作った。


 そこは世界を繋ぐ場所だった。

 神妖たちは長の加護を受けることで、自らが望む世界で自由に生きることができるようになった。


 この場所が、彼呼迷軌ひよめきである。

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