第59話 屋台散策 3

 魚介ぎょかいをあぶる香ばしい香りに誘われ、俺たちが次に立ち寄ったのは、『えび釣り』と書かれた小さな屋台だった。


 長い暖簾のれんがかけられた屋台の中に頭を突っ込んだ俺たちは、またもや驚きで言葉を失うことになった。


 屋台の大きさ自体は他の店と変わらない。

 こじんまりとした作りで、四方を布で囲ってあるのだが、都古みやこの家の駄菓子屋同様、外観を気持ちいいほど無視し、中はかなりの広さがあった。

 校庭くらいはあるかもしれない。

 大小さまざまないくつもの釣り堀があり、たくさんの神妖たちが、その釣り堀で釣ったばかりのエビを用意された炭火で焼いて食べている。


 「どうぞ、こちらをご利用くださいませ。」


 言われて俺たちが振り向くと、都古と同じくらいのサイズの巨大なエビがいつの間にか背後に立っていた。

 エビは釣竿つりざおを渡しながら、上品な口調で話しかけてきた。


 「エビ釣りはコツが必要ですからね。僕が教えて差し上げますよ。」


 なんだかちょっとセレブ感を出している感じのエビだが、餌のつけ方やら当たりの取り方など事細かに一生懸命レクチャーしてくれる。


 「釣れたエビは、あちらで炭火焼にしてお召し上がりいただけます。美味しいですよ。頑張ってくださいね!」


 ハサミを振り振り一生懸命応援してくれるのは嬉しいんだけど・・・・・。


 同じエビなのに、いいの?


 俺たちは、そう突っ込みたい想いをぐっと飲みこんで、釣り堀に糸を垂らした。


 さすが、エビ本人がつきっきりで教えてくれるだけあって、俺たちは小一時間ほどで5、6匹ずつ大きなエビを釣り上げることができた。

 初めての体験に興奮しながら、びくの中にたまったエビに目を輝かせていると、俺たちのエビ釣りの師匠となったエビが嬉しそうに、隣にある一回り小さな釣り堀を勧めてきた。


 「あちらの釣り堀で大物を狙う釣りが楽しめるのです。いかがですか?大きな魚が釣れますよ。僕の一番のお勧めです。」


 餌は今釣り上げたエビを使えば大丈夫だという話を聞き、しょうが面白がって参加することにした。


「よっしゃ!まかせとけ!」


 釣り堀の淵に腰をかけた勝が、そう言いながら糸を垂らした瞬間、水面みなもが大きく膨れ上がった。

 光弘みつひろが、ピクリと反応しそちらをにらみつける。


 「やめろっ!!」


 ガキーンッ!


 光弘が水面へ向かい声を上げるのと同時に、膨れ上がった水の山を突き破り、鋭い牙の生えた巨大な口が、勝の鼻先をかすめちゅうんだ。


 この巨大な口の持ち主は、身体が麻痺まひしているのか、不自然に身体をよじり派手な水しぶきを上げ、そのまま水面下へと沈んでいく。


 勝は、全身からポタポタと水を滴らせ、まるでミイラのような酷い顔をして、固まったまま動かない。


 それもそのはず。

 勝を襲ったのは、見たことがないほど巨大なサメだった。

 もしサメが真っ直ぐ勝へと向かっていたら・・・・・あの巨大な口が開いていたら・・・・間違いなく今頃勝はサメの腹の中だった。

 

 一体・・・・何が起きたんだ?

 あのサメ・・・・・尾びれに何か描いてあった。

 それに、あの赤黒い煙みたいのは・・・・・?


 サメが水中に戻る一瞬のことだったが、紫色の文字のような模様が尾びれにあるのが確かに見えたのだ。

 模様は禍々まがまがしく赤黒いもやをまき散らしていた。


 「だいじょうぶか。あぶないとこであったな。」


 ふいに舌ったらずな子供の声で話しかけられ、俺は慌てて振り返った。

 そこには、黒に近い青髪をもつ、4歳くらいの可愛らしい少女が立っていた。

 おかっぱ頭を少しかしげているしぐさが、たまらなく愛らしい。


 「この下は、わだつみが深い海へとつなげている。気を抜けば神妖とて食われる恐ろしい場所だ。・・・・・エビ。お前、わざとやったな。」


 「す、水様!そのような事・・・そんな・・・めっそうもございません!」


 慌て方がものすごく怪しい。

 しかも、エビ。

 名前なんだ・・・・・。

 

 「エビ、お前、少々いたずらが過ぎるな。生かしておいてもつまらん。食うか。」


 「ひっ!」


 エビはそのまま、サメがもどっていった池の中へ飛び込んで姿を消してしまった。

 俺は、突然のサメの出現に頭の中が麻痺したまま、呆然とエビの消えた水面を眺めていた。

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