第56話 祭 3

「皆、今日は我らの新しい友人を歓迎するうたげへ、よく集まってくれた。礼を言うぞ。」


 辺りに響き渡った白妙の言葉に神妖じんようたちがざわついた。


 「おい!はく様が俺たちに礼だとよ!?」

 「なんということだ。最近かどが取れたと噂にはなっておったが。まさか真実だったとは・・・・・信じられん!長生きはしてみるもんだわい。」

 「白様・・・・・今日もなんてお美しいのかしら。本当に幸せだわ。」

 「おい、あれは本当に白様なんだろうな!?」

 「誰か妙な呪いでもかけたんじゃーないかー?」

 「なにかの凶兆かもしれぬぞ。」


 耳に入ってきた神妖たちの言葉の数々に、俺は苦笑した。

 白様というのは間違いなく白妙しろたえのことを指しているのだろう。

 白妙がどんな神妖だと思われているのか、今漏れ聞こえた言葉の数々からだいたい予想がついてしまった。

 勝が顔をしかめて頭をガシガシとかく。


 「なんなんだ、あいつ?どんだけヤベー奴だと思われてんだよ。」


 すっかり話の腰を折られてしまった俺としょうは、視線を交わし苦笑した。

 きっと勝も、 光弘みつひろの様子に違和感を覚えているのだ。

 だからこそ強引に、光弘の心に触れにいったのだろう。

 白妙・・・・・全く間が悪いとしか言えないな。


 「では、さっそく我らが新しい友を紹介しよう!!」


 そんなこととはつゆ知らず、白妙は指をこちらへ向けてきた。


 「浮かべ。」

 「「「「え!?」」」」


 俺たちは同時に声を上げた。

 白妙が言霊を使うと同時に、あっさりと重力を手放した俺たちの身体は、一直線に上空へ浮きあがり始めた。

 俺はとっさに、すぐ隣にいた都古の腕をつかんで引き寄せた。

 高いところが苦手で真っ青になっている光弘の顔を勝が慌てて胸に抱き込んでいる。


 「光弘。下見るな。こっち見てろよ。」


 光弘は冷たくなった震える手で、勝の腕をつかみうなずいた。

 ゆいが心配そうに光弘に頬を寄せている。


 「とまれ。」


 学校の屋上くらいの高さまできたのだろうか。

 白妙はそこでようやく、俺たちを止めた。


 「都古。みなに3人を紹介してやれ。」


 都古は困った顔をして俺たちの顔を見回してから、白妙にうなずき、大きな声で叫んだ。


 「私たちのために素晴らしい宴を用意してくれてありがとう。真也、勝、光弘、3人とも私と同じ人間だ。これから私とともに、執護あざねの卵として彼呼迷軌ひよめきを支えることになった。力を貸してくれ。」


 「おぉおおおおおお!!!」


 都古の声に、神妖たちが歓声に沸いた。


 「朱華はねず。」


 白妙に名前を呼ばれ、1頭の鹿に似た神妖が宙を駆け登ってくる。

 朱華は俺たちの前に来ると頭を深く下げお辞儀をし、ゆっくりと空を仰いだ。

 つのの先がおぼろげな光を宿し、徐々に温かな光を増していく。

 朱華は軽く頭を振り天を仰ぐと、角の先に集まった光を跳ね上げるように、勢いよく頭を振り下ろす。


 「ろせ。」


 朱華の角に集まっていたあかりが打ちあがり上空ではじけた。

 そこから溶け出すように、空の色が一気にだいだい色に染め上げられていく。

 光の粒がそこかしこで弾け、世界が輝きに満ちているようだ。

 俺は、光弘と出会ったあの日の夕焼けを思い出していた。


 「再び会えたこと、嬉しく思うぞ。」


 朱華はこちらへ向かいそう言うと、駆け下りて行ってしまった。


 今の言葉・・・・・俺の思い違いじゃなくて、あの日の夕焼けは朱華が見せてくれたものだったということなんだろうか。

 どんな姿をしている神妖でもみんな言葉を話せるんだな。


 「夜刀五鬼神やとごきじん。」


 白妙に呼ばれ、今度は5体の神妖が空へと舞い上がってくる。


 黒い蝶の羽を背に持つ漆黒の着物姿の美女と、鳥の羽を背に持つ和装の青年、こうもりの羽を背に持ち全身を黒い布で覆い尽くした神妖、真っ黒な身体に金色に光る瞳をもつ蛇、笑顔だが油断のならない気配を放っているスーツ姿の高齢の男性が俺たちの前に現れた。


 5人とも先ほどの朱華のように俺たちに頭を下げ、上空へと昇っていく。

 5人は輪になるように広がると、同時に言霊を唱えた。


 「降ろせ。」


 すると、五人を点にして、紫色の光が走り、星の形に繋がった。

 星型は一瞬のうちに上空へ吸い込まれた。

 そこからシミが広がるように真っ黒な闇が流れ落ち始める。


 5体は再び俺たちに礼をし一言ずつ言葉を交わすと、下へ降りて行った。


 無数の屋台の提灯ちょうちんに一斉に灯りがともった。

 空から見る夜祭の光景はあまりにも幻想的で・・・・・俺たちは息をのんだ。

 

 「祭はやはり夜であろう。」


 白妙は怪しい笑みを浮かべると、いつの間に用意したのか物凄い数の丸い玉を一気に宙に飛ばした。


 「それでは、祭の開始だ。」


 白妙は、上空へ飛ばした球に向かい言霊を放つ。


 「ぜろ。」


 すると、横一線に浮かべられた球が弾け、光の滝となり、俺たちの顔を照らした。

 下にいる神妖たちも、その光景に圧倒されため息を漏らす。 


 勝の腕の中で、光の滝に顔を照らされながら、光弘が静かに口を開いた。


 「祭が・・・終わったらでいいんだ。みんな・・・・・俺の話を聞いてくれるか。俺の事、話したいんだ。」


 蛍に似た柔らかな光が、光弘の周りを優しく照らした。


 「当たり前だ。」


 勝は光弘の頭をくしゃくしゃに撫で回し、困ったような笑みを見せた。

 都古も勝の答えにうなずいた。


 「光弘・・・・・ずっと、待ってたよ。俺たち。」


 俺が苦笑して答えると、光弘は少し寂しそうに微笑んだ。

 

 「ところでさぁ。俺ら、いつになったら下に降ろしてもらえんだ?これ。」


 勝の台詞せりふに、俺たちは顔を見合わせて大声で笑いあった。

 俺たちは気づかなかったが、遠くからその様子をホッとした表情で白妙が見つめていた。

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