第55話 勝と都古と光弘と・・・・

 神妖じんようたちはみんな親切で、初心者の俺たちでも分かるように丁寧に杵の持ち方や餅のつきかたを教えてくれた。 

 しょう光弘みつひろが白い餅をつく隣で、俺と都古みやこも神妖に誘われ草餅をつき始めた。

 つく度に、神妖たちから陽気な掛け声が上がる。


 「あっつーっ!」

 「楽しいな、これ。」


 餅をつき終えた俺たちは、近くのイスに腰掛けた。

 つきたての餅の周りに、木の葉をお面のようにして顔の一部を隠している園児サイズの神妖がたくさん集まってきた。

 たった今俺たちがついた餅が、あっという間に器用に丸められていく。


 竹を割って作った器に、白とヨモギ色のまん丸い二色の餅を盛り付け、きな粉やあんこをたっぷりトッピングすると、神妖たちは笑顔で俺たちに餅を渡してくれた。


 「ありがとう。」

 「いっただっきまーす!」


 つきたての餅が、きたてのきな粉やきたてのあんこと絡み合って、めちゃめちゃうまい。

 しっかりコクのある甘味なのに、しつこくなくていくらでも食べられる。


 「超うまいっ!うちで食べてるのとちょっと味が違うけど。」

 「確かに。色も少し濃いかもな。」


 俺たちの会話に、光弘もモグモグしながらうなずいている。


 「砂糖の種類が違うからかもな。」


 都古がそう言うと、すぐ近くにいた真っ赤な民族衣装姿の女の神妖が、興奮して話に乗ってきた。


 「うまいだろう?今日の砂糖は私がつくったやつなんだ。黒糖って知ってるか?」

 「沖縄みやげでもらうあれか?」

 「それだそれ!今日のきな粉とあんこには、そいつを使ったんだ。塩もそうだぞ。」

 「へぇー!すっごいな、お前。ほんとにうまいよこれ!ありがとなっ。」


 勝がお礼を言うと、その神妖はニッカリ笑った。


 「お前らがついた餅もうまいよ。いい餅だ。今度は私らがつくから見てろよな。」


 赤い服の女の神妖はそう言うときねを手にした。

 かしたもち米をよくつぶし、陽気な掛け声とともに餅をつきはじめる。

 だがこれが普通の餅つきじゃなかった。


 「すごっ!」

 「あはははっ!速すぎだろー。」


 神妖たちが餅をつく凄まじい速さに、俺たちはもう笑うしかなかった。

 3人の神妖が超高速で交互に餅をつくさまはまさに圧巻あっかんだ。

 あっという間に真っ白いなめらかな餅が仕上がっていく。


 「まさに神業かみわざ!」


 神妖たちの凄技に、俺たちが拍手していると、突然、特設舞台の方から「キーン」という馴染みのある音が聞こえてきた。

 そちらに目をやると、舞台に白妙が立っている。


 「あー。マイクテスッ。マイクテスッ。」


 「おい。なにやってんだ。あれ?」

 「さぁ。」

 「・・・・・?」


 俺たちが首をかしげていると、都古が教えてくれた。


 「今日のうたげの仕切りは白妙なんだ。みんなが来ると伝えたら、張り切って計画を立ててくれた。・・・・・想像していたより大分大事になってしまっている気はするけど・・・・・。」


 つまり、この祭は全部、俺たちのために白妙が用意してくれたものなのか・・・・・。

 こんなに大掛かりなものを・・・・・大変だったろうな。

 ただのイタズラ好きな神妖と思っていたけど・・・・・。


 都古の友人が来るときいて、白妙が一生懸命に準備をしてくれていたのだと思うと、その情の深さに俺は感動してしまった。

 自分の母親と白妙の姿が重なる・・・・・・。


 俺の母ちゃんも、みんなが家に泊まりにくる時とか、たくさん楽しんでもらおうと、色々考えを巡らせてる・・・・・。

 白妙は、本当に都古を大切に想ってるんだな。


 「今日の宴は、みんなに合わせて人間の祭を用意したと言っていた。白妙の持っているマイクだって、樹木の神妖が木で作ってくれた小道具で、本物じゃないんだ。本来白妙にマイクは必要ない。声の強弱は能力で調整できるから。」


 つまり、さっきの「キーン」ってやつと「マイクテスッ。」は完全にやらなくてもいいやつだったってことか・・・・・。

 あんな音まで白妙が声真似して出してたんだとしたら、クオリティ高すぎだろ?

 だいたい、どこでそんなこと覚えてきたんだ。


 だが、確かに都古の言う通りだと思った。

 光弘と出会ったあの雨の日。

 あの時野崎たちを一喝いっかつした都古の声の大きさは、あり得ないくらい大きかった。

 あれは白妙が持つ能力のひとつだったのだ。

 思いがけず俺があの日の出来事に思いをはせていると、突然都古が俺たちに向かって頭を下げてきた。


 「みんな・・・・・今までたくさん隠し事をしていたこと、謝らせてくれ。・・・・・本当にごめん。」

 「都古・・・・・。」

 「・・・・・・。」


 頭を下げたままなかなか顔を上げようとしない都古に、俺が声をかけようとしたその時だった。


 「都古。顔上げろ。」


 勝がズカズカと都古に近づいていく。

 堅い声音を響かせる勝に、都古は恐々こわごわと顔を上げた。


 ビシッ!


 「!?」


 「バーッカ。お前が隠し事してるのなんか、生まれた時からお見通しだっつーの。・・・・・お前さぁ、俺らの事なめすぎなんだよ。記憶なんてなくたって、俺らなら何度だってやり直せるだろ。」


 都古のおでこに、強烈なデコピンをお見舞いした勝は、そう言って苦笑いした。

 いつもと少し違う傷ついたような勝の微笑みに、都古の瞳が揺れる。

 勝は真剣な表情で、都古に目線を合わせた。

 

「独りになろうとすんな・・・・・・あの時、お前が光弘に言ったんだろ。」


 都古の前髪をクシャリとつかみ、熱を確かめるように自分の額を都の額に重ねた勝。

 その顔は苦しそうにゆがんでいた。


「頼むから・・・・・・俺の知らないところで勝手にいなくなんなよ。」


 勝の言葉に、都古の目からポロリと涙が零れ落ちた。


 絞り出すような勝の声に、聞いている俺の胸まで締め付けられる。

 心のどこかでチクリと感じた別の痛みには、今はきづかないふりをしておこう。


 勝は視線を伏せ都古の頭を優しくなでてから、怖いくらいに真剣な眼差しで今度は光弘の瞳を射抜いた。


 「お前もだ・・・・・光弘。」

 「・・・・・・!」


 勝と光弘の眼差しが交差し、驚きに見開かれた光弘の瞳が「どうして?」と、問いかけるように不安げに揺れている。


 その時、特設舞台にいる白妙が、大音量で祭の幕開けを宣言した。

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