第36話 川名 光弘の物語>出会い 10

 次の日の放課後、人がいなくなるのを待って、俺は独り教室へ戻った。


 追い詰められていた俺に力を貸してくれた、花瓶の中の大切な友人に、心の中で話しかける。


 『待たせてすまない。』


 俺の言葉に、小さな友人は『そんなことはない。嬉しい。』と伝えてきた。


 『歌を聴かせて・・・・。たくさん。たくさん。』


 その想いを受け、俺は泣き出したい気持ちを抑えながら、聞きたい曲はないかたずねてみた。

 花瓶の花は、そっと黒板へと意識を投げる。

 そこには、"今月の歌"と書かれた紙が貼られていた。

 春を待つ小さな花の歌・・・・・・俺は深く息を吸い、小さな友人へ向けて、その歌を歌い始めた。


 花は、これ以上の喜びはないというほどその儚い魂を輝かせ、小鳥が羽を伸ばすように茎や葉をめいいっぱい伸ばしていく。

 机の上が緑と可憐な花で埋め尽くされ、小さな花畑のようになった。

 咲きほこる花々はしばらく揺れていたが、すぐに色を失い、瞬く間にその生涯を終えていく。


 色を失くした花畑は、淡い光を放ち始めると砂のようになって崩れ、消えていった。

 最後に残されたひと粒の光が形を変え、全身を花で彩った人差し指ほどの大きさの少女が姿を現した。

 淡い輝きを放つその少女は、高く澄んだ声で俺に話しかけてくる。


 「お願い。光弘。歌を止めないでね。・・・・・約束よ。」


 心の底から嬉しいという表情で、少女は俺の手のひらの上に乗り、歌に合わせて楽しそうに踊った。

 踊る度、少女の姿が薄らいでいく。

 俺は、哀しみで声が震えないよう、彼女の喜びが曇らないよう、歌い続けた。


 「光弘。ありがとう。大好き・・・・・。」


 少女は俺の指に頬ずりをし、優しく口づけると、満面の笑みで俺に言った。

 歌いながら、俺も微笑みを返す。

 歌が終わるその時を待つことなく、少女の姿はひと粒の光となり、小さな花火のように弾けて消えた。


 独り残された教室の中で、俺は彼女を想い、最期まで歌を歌い続けた。



*************


 「みっつひっろくぅ~ん。見~つけた。」

 「捕まえちゃった~。」

 校舎を出ると、校門で真也しんやたちが俺を待っていてくれた。


 たった今、この手で消してきた小さな友人の魂を想い沈んでいる俺を、3人は俺が遠慮して自分たちの誘いを断ろうとしているのだと思ったようだ。

 俺がうなずくと、みんな花が咲いたように笑顔を見せた。

 その笑顔に、小さな友人の笑顔が重なる。


 一度家に帰った俺は、財布を鞄に入れ、テーブルの上にメモを残した。

 メモには、友人の家へ遊びに行くことと、お小遣いを使うので後日少し足しておいて欲しいと書いておいた。

 俺の小遣いは、使った分を後で父さんが足してくれることになっている。

 真也の家に行くのに、何か土産を買っていこうと考えた俺は、久しぶりに自分の財布を手にし、このメモを書いた。


 胸の痛みを抱きしめたまま、俺は空っぽの家の中に「いってきます」と呼びかけドアを閉めた。

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