第32話 川名 光弘の物語>出会い 6

 あの日以来、俺はどんなに必死に持ち掛けられても”約束”をすることはなかった。


 姉さんは、


 「大好きな人の願いを叶える。その人の歌声の中で生涯を終えることができる。それが彼らが求める幸せの一つだというのなら、"約束"に応えることを私は間違いだとも、悪いことだとも思わないよ。みーくんが気にすることじゃない。選んでいるのは彼らなんだ。」


 と言ってくれた。


 だが、ほんのひと時とはいえ、心を通わせた小さな命が目の前から消えることが、俺には耐えられなかった。

 それに、気になることもある。

 彼らは本当に、自ら求めて俺のそばへ来ているのだろうか。

 俺の声が彼らを惑わせ、引き寄せているのではないだろうか。

 命を一瞬のうちに燃やしてしまうことになるのに、それでも俺の歌を聴きたいと願うのはなぜなんだ。

 俺の中で、それらの疑問は小さなとげとなって、いつもどこかに突き刺さっていた。


 あまりにも熱心に歌をせがまれ、 

 ”約束”をしていなければ大丈夫だろう。

 そう考え、小さな友人たちに歌ってあげていたこともあった。


 始めのうちは、短い歌を歌うくらいなら大きな問題はなかった。

 だが、俺の身体が成長をするように・・・・・いや、それ以上に、この力はその強さを急激に増していった。

 小学校3年生の終わりごろには、歌を歌っている間の彼らの成長が、目に見えるほどになっていた。

 そればかりか、俺の声が聞こえる範囲にある植物や動物たちが、急激な成長や変化を見せるようになってしまっていたのだ。


 植物は、真冬であるにもかかわらず、真夏の朝顔ほどの勢いで茎や葉をのばした。

 季節を選ばず咲き誇る花や、生まれてまだ1週間ほどにもかかわらず、すでに親と同じ大きさに成長してしまう生き物まで現れ、クラスの友人たちも何かおかしいと噂をするようになっていた。


 成長を早めるということは彼らにとってはとても嬉しいことのようだった。

 俺が歌う度、全身で喜びを叫びながら成長していく。


 だが、俺にはそれが耐えられなかった。

 早く成長をすれば、それだけ別れが早く近づくという事なのだ。

 俺の歌で勢いよく成長し、他のものたちよりも早く枯れてしまった植物を前に、俺はただただ哀しかった。


 その頃から俺は、必要最低限の言葉以外、話さないようになった。

 もうこれ以上、自分の声や歌に狂わされていく者を見たくなかった。


 このまわしい印が、俺と姉さん以外の目に映らないことは分かっていたけれど、これを人の目の触れる場所に出すことが嫌で、俺はずっと首元の開いていない服を選んで着るようにしていた。

 けれど・・・・・・。



 ・・・・・恐らく都古には見えている。


 都古の中に入った女の姿が、俺の目に映ったように、都古の目にも他の人たちの目に見えないものが見えているのかもしれない。


 俺を気遣って視線をはずしてくれている都古に心の中で感謝しながら、俺は背をむけると素早く服を着た。

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