第12号線「言いたくなった時」
「こりゃあダメだな。そこら中ガタが来ちまってる。中古で乗り換えた方が安く済むぞ」
レンの二輪車を弄りながら、ハチヤのオヤジはそう査定した。確かに素人目で見ても相当傷んでいるマシンだとは思っていたが、思っていた以上に、ダメージが蓄積されていたらしい。
「おめぇ、何処まで行くつもりだったんだ?いや何処にせよ、こんなマシンで地上をうろついてたら野垂れ死にすんのがオチだ。落ち武者の坊主に礼を言っとくんだな」
オヤジはそう言って、二輪車をレンに返した。レンは俯いていたが、それは幼稚な反抗ではなく、何か思い詰めている様に見えた。
「おい落ち武者の坊主、ちょいと来いや」
「…?」
オヤジに促されて店の奥に行くと、オヤジは古臭いキセルにタバコの葉を詰めながら話し始めた。
「あの小僧のマシン、データベースで登録番号を調べたんだが、ありゃ盗難車だ。ただし、60年も前のな。あの小僧が盗んだとは思わねぇが、その辺で拾ったとも思えねぇ。ちょっときな臭ぇぞ」
ハチヤのオヤジは眉間に深い皺を寄せて、キセルを吹かしながらそう言った。
「そうか?その辺のバカが乗り捨てたのを、丁度見つけて勝手に持ち去っただけじゃねぇのか?」
「馬鹿野郎。ありゃ地上しか走れねぇ二輪車だ。っつう事はだ、誰かに盗まれたとしても地上で使ってそのまま乗り捨てられたんだろう。そこまではあり得る話だがよ、アイツは空から来たんだろ?子供がマシンも持たずに地上に降りて、その辺に転がってる二輪車かっぱらって陸行なんぞするか?ワシは、あれは元々あの小僧が空から持って来た物だと考えとる」
「………」
そういえば、あの二輪車をどこで手に入れたのかは聞いていなかった。60年前の盗難車であればアイツどころかアイツの親も下手すりゃ生まれて無いだろうし、直接的な関係性は薄いかもしれないが、真っ当な経路で手に入れたとはあまり考えられない。
「そういえばレンさんは、walkerに追われていましたよね。乗っていたマシンは彼らと何か関係があるのでしょうか?」
ルリハが珍しく鋭い指摘をした。確かに、警察に偽装した俺達が駆け寄った時、アイツは慌てて逃げようとしていた。walkerの盗品に手を出して追われていた可能性もあるにはある。
「ま、アイツに聞いてみるのが早いわな」
答えの出ない思案は、時間の無駄だ。俺は思考を断ち切って、レンの元へ戻った。
「よう、そういえばお前、あの二輪車、何処で手に入れたんだ?」
完璧なポーカーフェイスと、さもたった今思いついたような口調で、俺はレンにそう聞いた。
「なんだよ、ヤバいもんだと思われてんのか」
なぜかバレた。そんなに不自然だったか?
「別に…、じいちゃんが色んなもんの蒐集家だったってだけだよ。あいつはじいちゃんの遺品で、ちょっと借りて来ただけだ。だから、直らねぇなら直すのは諦めるけど、マシンは持って帰りたい」
「へぇ、そのじいちゃんってのは、何者なんだ?」
「えっ?いや、それは…。お、俺もよく、知らねえ、けど?」
…こいつも相当、嘘が下手だ。
「…ああ、そうかよ。でもまぁ、そういう訳なら、お前の宝探しってのも、面白味が増してくるってもんだな」
そう投げやりに言うと、レンはこれ以上は聞くなと言わんばかりに会話を切り上げて、自分のマシンの元に戻り、ぎこちない手つきで誤魔化すかの様にガチャガチャとエンジンを弄り始めた。
「ショウさん、良いんですか?」
右耳のイヤフォンから、俺にしか聞こえない出力で、ルリハが不安そうな声を出した。
「ん?ああ、別に良いさ」
俺はこっそりとルリハに答えた。
「こいつの爺さんが60年も前に、何か汚ぇ方法でコレクションに励んでいたところで、正直、俺にはどうだっていい話だ」
目の前のこいつは、こいつでしかない。
それが分かれば十分だった。
「そうじゃなくって。視線の動きや体温上昇、心拍数の変化から見ても、レンさんは間違いなく嘘を吐いています。それを見過ごして良いのですか?」
「ん?」
「だから。嘘を吐いても、良いんですか?」
「………」
またこいつは、面倒臭い質問をしてきやがって。
さて、どう答えたものか。
AIのルリハは馬鹿正直というか、なんというか。ここで嘘を吐いても良いと言って、今後のナビゲートに嘘を混ぜ込まれても困るが、嘘が駄目だと言ってしまえば、先日のララの一件に矛盾が生じる。
それに、ララの店を去った時、ルリハの様子は少し変だった。
気が付かない程、俺も馬鹿じゃない。
もしかしたら、こういった話題については、こいつとは慎重に向き合ってやらなければならないのかもしれない。
「言いたくない事は、無理に言わなくて良い」
俺はルリハにそう言った。
「言いたくない事は、無理に言わなくて良いんですか?」
ルリハが俺の言葉を復唱して確認する。
「言いたくなった時に、言えば良いんだ」
「言いたくない事は、無理に言わなくて良い、言いたくなった時に、言えば良い…」
ルリハは何か考え込む様な口調で、俺の言葉を繰り返した。納得してくれたかは分からないし、これが正解だと確信は持てないが、俺は「ああ、そうなんじゃねぇの」と、取り敢えずそう言っておいた。
「分かりました…。ありがとうございます。ショウさん」
何故かルリハは礼を言った。
そして、
「いつか私の事も、言いたくなった時、聞いてくださいね」
そんな事を言ってきたが、面と向かって言われると何だかむず痒くて、俺は、「聞きたくなったらな」とだけ答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます