第11号線「ハチヤのオヤジ」

 5キロ程車を走らせ、俺達は「蜂屋整備工場」と書かれた看板の店に辿り着いた。道中は特段walkerに絡まれる事も無く、ルリハは俺とレンの吐いた悪態にめそめそと文句を言い、レンは無言でずっと、窓の外の景色を眺めていた。


 工場の鉄扉は開け放たれており、中からはギュルギュルと鉄を切り裂く耳障りな音が響いている。中を覗くと、防護眼鏡にヘルメットを被ったハチヤのオヤジが、デカいバスの整備をしていた。

 こちらにはまだ気が付いていない様なので、いつも通り入口のインターフォンを押すと、オヤジの正面に設置してあるサングラスをかけた向日葵のような何かが大声でR&Bのリズムを熱唱しながら踊りだした。

 「んっ?おう、こっちだ!入ってこい!」

 向日葵のような何かのダンスで来客に気付いたオヤジが、作業を中断し、しゃがれた声で中から俺達を呼びつけた。客商売の人間の態度では無いが、そもそもオヤジは恐らく、訪ねてくる奴らを客だとは思っていないのだろう。

 「よう、オヤジ。俺だよ。今ちょっといいか?」

 「オヤジさん、お久しぶりです」

 「ああ、なんだ、ルリハと落ち武者の坊主か」

 俺とルリハが中に入って声をかけると、オヤジはやれやれとでも言いたそうな顔で俺達を出迎えた。

 このハチヤのオヤジは偏屈で変わり者で、如何にも職人気質といった風貌をしている爺さんだが、エアランナーや地上を走る旧車の修理だけでなく、裏ルートでグレーな部品やAIの売買なんかもやっているかなり商売上手な人物だ。ただし、気に入った連中としか取引をしないので、顧客の層はかなり限定されていた。俺の事は稀な旧車のパーツの取引相手として、整備やら改造やらは請け負ってくれるが、どうも上空の社会からはみ出して地上に来た奴だと思われているようで、“落ち武者の坊主”という大変不名誉なあだ名で呼ばれている。

 そして何を隠そう、ルリハのライセンスも、1月程前にこのオヤジに勧められて買ったものだった。


 …そういえば。

 何故ルリハが裏ルートで取引されていたのか、聞いていなかったな。


 「ルリハの調子はどうだ?あまり虐めるなよ。まあお前さんは大方…、ん?」

 オヤジはそこまで話して、工場の入口でこちらの様子を伺っているレンの存在に気が付いた。

 「なんだ、孤児でも拾ったのか?ウチで面倒は見れんぞ」

 「いや、違うよ。あいつのバイクがイカれちまって。ちょっと見てもらえないか」

 俺がそう言って、車に積んだバイクを取りに行こうとすると、ハチヤのオヤジが「まあ待て」と俺を止めた。


 「あの子供はなんだ?walkerか?随分生意気そうな餓鬼じゃねぇか。俺はそんなお人良しじゃぁ無えぞ」

 オヤジはそう言って、レンをジッと見つめている。

 「まあ、確かに生意気かもな。でも面白いぞ、アイツ」

 俺は少しにやけながらそう言った。

 「ふふふ、そうですね」

 ルリハも同じ声色で同意する。恐らくルリハも、生意気なレンの根底にある誠実さを理解しているのだろう。

 「なんじゃいそりゃ」と訝しるオヤジを無視して、俺はレンに手招きをした。レンはこちらを大分警戒している様だが、意を決すると堂々とした態度でこちらに向かって来た。

 俺達の横に立つレンに、「ほれ、自分でお願いしろ」と促すと、レンは腕組をして仁王立ちしているオヤジに対して、


 「あの。あ、俺、レンって言います。…それで。あの、俺のバイク、直してください、お願いします!」


 と、内心緊張していたのか、ガッチガチに固まった上半身を90度に曲げてそう言った。


 オヤジは数秒固まって、直ぐに「ぶわははは!よし、いいだろう!」と言いながら、レンの頭をガシガシと撫でた。レンは自分が何故撫でられているのか本気で分からないらしく、相当混乱した顔で、耳まで真っ赤にしながらこちらを見ていたが、俺とルリハは、笑いを堪えるので必死だった。

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