第10号線「目的地ですか?」

 レンと名乗った少年を車の後部座席に乗せ、俺は知り合いのオヤジが地上で営業している整備屋へと向かっていた。

 ルームミラーで確認すると、レンは終始ムスッとした顔つきのまま外を眺めていた。ガード用のパーテーションがあるから心配はしていないが、後ろから俺を襲おうとする様な素振りも見せなかった。


 「レン君は、おいくつなんですか?」

 ルリハが車内スピーカーからそう声を掛けた。ルリハの本体、というのか、彼女のコアは上空にある俺の自宅に設置されていて、彼女はワイヤレスで接続している端末から情報収集や発信を行う事が可能となっている。今現在接続登録しているのは、俺の自宅のセキュリティシステムを含むコンピューター全般と、俺の右耳に接続したイヤフォン、それからこの車の内蔵コンピューターだけだ。基本的にはイヤフォンのみだが、今のような第三者がいる場合には、車のスピーカーから声を出す事も可能となっている。

 「14」

 ルリハの問いかけに、レンはぶっきらぼうに答えた。

 「なんで一人で地上を歩いていたんですか?」

 「なんでって別に…。ちょっと用があっただけ」

 「お住まいは上空ですか?それとも元々地上の方ですか?」

 「Wolkerと一緒にすんなよ。上空に住んでたけど、ちょっと用が…、って、別にいいだろ、何でも。放っとけよ」

 「こいつは一度話したら中々止まらねぇぞ」

 俺が薄ら笑いを浮かべながらレンにそう忠告すると、レンは「あんたも大変だな」と、同じように薄ら笑いを返してきた。ルリハは「な、なんなんですか!?大変なのは私の方です!」と、車のスピーカーから文句を垂れていたが、レンの薄い反応が少し応えたのか、質問攻めを切り上げた。


 会話が無いとそれはそれで気まずいのか、少しもせずに今度はレンが口を開く。

 「あんたら、Walkerなの?」

 さっきの口ぶりからして、Walkerに対してあまり良い印象は持っていないらしい少年は、無遠慮にそう聞いてきた。

 「いや、家は上空にある。ただ、地上を旅するのが好きなだけだ」

 「ずっとルリハと旅してるのか?」

 「いや、ルリハのライセンスを買ったのは少し前だな。それまではずっと一人だった」

 「へえ、変わってるな」

 「うるせぇよくそガキ」

 口の悪いガキだなと最初は思っていたが、よく考えれば全く人の事は言えなかった。


 「お前、何処に向かってたんだ?」

 レンは恐らくUnleasherだろうが、わざわざ一人で地上に降りてきた目的が気になったので尋ねてみた。

 「………………」

 急に黙りこくったレンの表情をルームミラーで確認すると、向こうも俺をルームミラー越しに真っ直ぐに見つめていた。どうやら俺の内面というか、人となりを見極めようとしているようだったが、残念だが俺にそんな深読みは通用しない。何でかと言うとそれは単に俺が浅い人間だからだ。内も裏もねぇぞ。

 俺が黙って見つめ返していると、何かを決心したのか、深呼吸をした後に、


 「…あんた、この場所見たことあるか?」


 と、持っていた携帯端末から、写真を表示させた。

 それは、大きな池が特徴的な庭と、その畔に建っている小屋の写真だった。


 「私のデータベースには一致する地形情報はありません」

 「俺も知らないな。これは?」

 俺とルリハが首を横に振ると、レンは少し逡巡した後に口を開いた。

 「この写真の小屋の鍵を持ってる。俺はこの場所に行きたいんだ」

 そう言って服の襟元から、首に掛けていたらしいアナログの古い鍵を取り出して俺に見せる。


 「この場所に、じいちゃんが残した宝がある…らしい」


 「へぇ…、そいつは最高に面白そうだな」

 素直に興味を引かれたので、俺は片方の口角を上げながらそう言った。

 「あんたも興味あるか?…だったらよ、なぁ、山分けでいいから、ちょっと俺を手伝わねぇか?」

 

 「ショウさん、ショウさん。目的地ですか?」

 ルリハが少しウキウキした声色で俺に問いかけてくる。


 「ああ、ちょっと路線変更だ。ルリハ、ここに行ってみよう」

 「分かりました!お任せください!!」

 初めての目的地設定に、ルリハが明るい声を出す。


 だが。


 「で、先ずはこいつのバイクをハチヤのオヤジの所で修理するとして、その後は何処に向かえばいい?」


 「え?、あ、えーっとぉ…………………?」


 「…ポンコツなのか?」

 「ああ、ポンコツだ」


 俺とレンの率直な感想に対し、ルリハは「む、むぁあ…、そんなぁ…!」と、妙な呻き声を上げたかと思うと、落ち込んだのか、暫く無言になってしまった。

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