第9号線「レン」

 ルリハの示す方向へ車を進めると、次第にけたたましいエンジン音が大きくなってきた。彼女の言ったとおりどうやらマシンは1台ではない様で、ブォンブォンと威嚇するような音は幾つも重なって聞こえてくる。


 「ショウさん、あれです!」

 ルリハが右耳のイヤフォンから大きな声を出す。そう大音量で話さなくても聞こえてるよと文句を言いたい所ではあったが、取り敢えず今は話が拗れないよう、余計な事は言わない方が良い。

 前方を見ると、5台程のバイクに囲まれながら、1台の小さなバイクがよろよろと走行していた。どう見てもwalkerに絡まれている。しかも絡まれている方はヘルメットで顔が分からないが、やはり背丈からして子供の様だった。


 「ショウさん、ど、どうします!?どうすればいいんでしょう、こういう場合!!」

 「それをナビゲートするのがお前の仕事じゃないのか?」

 「あ、い、いえ、それはだって私!道案内がメインミッションなので!っていうかその、私…!」

 「あー悪い悪い、ただの冗談だから気にするな。こういうパターンは、俺の方が慣れてる」

 俺はそう言ってルリハを黙らせ、車を急発進させた。

 よし、いつものやるか。

 こちらも相当けたたましいエンジン音を鳴らして向こうに迫っているので、もれなく相手方もこちらの存在に気付く。

 俺はすかさず運転席の脇に設置されているボタンを押し、地上でwalkerに絡まれそうになった時の常套手段として準備していた装置を、車の上部から出現させる。

 それは至極簡単なハッタリで、警察の車両に搭載されているサイレンだった。

 〝ウウウウゥゥゥゥゥ~~~~!!〟と、御丁寧に本物顔負けのSE付きだ。更にフロントガラスには、警察官の制服を着た恰幅の良い男二人の3D映像が映し出される。

 「おらおらおらおらぁ!!こちとら国家権力様だぞコラァ!!」

 「ちょ!ちょっとショウさん!?なんですかこの装置は!?」

 「地上で闇商売やってる整備士の爺さんがいてなぁ!!」

 俺がノリノリでwalkerの群れに突っ込んでいくと、蜘蛛の子を散らすように、そいつらは逃げ出していった。


 この感覚、たまらん。


 1台ぽつんと取り残された小さなバイクも遅れて逃げ出そうとしたが、どうも慌ててしまったようで、方向転換に失敗してバタリと転倒した。


 子供が地上にいると聞いて少し気になったのと、ちょっとした憂さ晴らしで追っ払いに来たは良いものの、正直こちらとしては囲んでいた大人と追いかけられていた子供、どちらが悪者かなんて分からなかったので、このハッタリで逃げ出した奴は相手にしないでおこうと、そういう作戦だったのだが、なんだ餓鬼、お前も逃げ出すのか。

 しかし、どうもマシンの調子も悪かったらしく、餓鬼が起こしたバイクは動く気配がない。

 餓鬼は「クソッ、なんで!クソッ!!」と、恨めしそうにグリップを何度も捻っている。


 「おい、餓鬼」

 俺は車の窓から顔を出して、子供に声を掛けた。

 「俺は別にお巡りさんじゃねぇよ。ただのwalkerだ。お前、こんな所で一人で何してんだ」

 「えっ…!なっ!脅かすんじゃねーよ!!」

 餓鬼の性別はどうやら男らしいが、声変わりが来たのか来ていないのか分からないような声で俺に文句を言ってきた。

 「あぁ?お前、俺が来なかったら今頃、怖い大人に身包み剥がされてたかもしれないぞ。まぁいいけど。それよりお前、そのバイク動かないんだろ。どうするんだ?」

 「どうするって…、何とかするさ」

 「自力でか?」

 「じ、自力で直すには損傷が激しい様ですが…」

 俺に続けてルリハが率直な感想を漏らす。

 「何だようるせーな!!じゃあお前が何とかしてくれんのかよ!」

 正直、生意気な餓鬼は嫌いなので放っておきたい気もしたが、中途半端に関わってしまったのはこっちなので、このまま野垂れ死にされても後味が悪い。


 「少し行ったところに知り合いの整備士がいる」

 「え、ホントか!どこだよ!」

 「さぁなぁ、偏屈な爺さんだからな。礼儀のなってない餓鬼を紹介は出来ないな」

 「ぐ……」

 俺がそう言うと、餓鬼は俯いて黙り込んだ。


 「ちょ、ちょっとショウさん…」

 右耳のイヤフォンからルリハの呆れ声が聞こえて、少し大人気無かったかもなと思い、餓鬼に声を掛けようとすると、餓鬼はヘルメットを外して、俺に向かって深く頭を下げた。短い髪と釣り目が印象的な少年だった。

 「バイク直してくれる人、教えてください。あと、助けて、くれて、その。どうも…」


「…………ププッ」


 「あぁ!?こっちが下手に出たらてめぇ!!」

 「あー悪い悪い、思いの外素直だったもんで、少し驚いただけだ。ははっ、わかったよ。ほら、バイク後ろに積め。送って行ってやる」

 「え…、いいのか?」

 「ああ、俺はショウ。で、イヤフォンから喋ってるAIがルリハだ。お前は?」

 俺はそう言って車から降り、車のバックドアを開く。


 「…レン」


 餓鬼は、少し不貞腐れた様にそう名乗った。

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