一時停止①「買って欲しい物がありまして」

 「あ、あの…。ショウさん」


 よく晴れたある日、ルリハがおずおずと俺に声を掛けてきた。


 「ん?どうした?」

 「あ、あのですね?とても図々しいお願いなんですけれども。実は、実はその、買って欲しい物が。そう。実は、買って欲しい物がありまして…」

 「………?」

 やけに挙動不審なルリハの言葉遣いに、俺は少しだけ警戒心を募らせた。缶コーヒーを飲みながら、右耳に装着したイヤフォンから聞こえる彼女の言葉に黙って耳を傾ける。

 「いやあの!!あの!!ダメだったら全然いいんです!!ただ…、ショウさんの指示が無くて暇な時…じゃなかった!そうじゃなくてそう、えーっと…。そう、自由時間!!私の自由時間にですね!?ちょっとネットを見ていたら興味深い物が…」

 「…話だけは聞いてやるよ。で、何が買いたいの?」

 「い、いえその、具体的に何かと聞かれると答えるのはちょっと恥ずかしいので、出来ればそこは聞かないで欲しいんですが…」


 怪しい。怪しすぎる。


 俺の金で買えと言うくせに、何を買うかは伏せたままで良いわけが無いだろう。

 ただまあ、AIのルリハが求めるモノに興味もあったので、少しだけ話を合わせてみる。

 もちろん買うとはまだ言っていない。


 「へえ、そう…。値段は?」

 「750万円です」

 そこで俺は盛大にコーヒーを噴き出した。ルリハが「きゃあっ!」と甲高い声を俺の耳元で上げる。鼓膜が破けるかと思った。


 「エアランナーが1台買える値段だぞ!?」

 「はい!エアランナーが1台買える値段です!!」

 「何開き直ってんだ!」

 「うぅ~やっぱりダメですか?」

 「何かも分からないのにそんな大金出せるか!何を買うつもりだ!?」

 俺が早口でまくし立てると、ルリハは「いやぁ、それは、あの~…」と答えを渋って黙り込んでしまった。


 それから耳元で1時間近く「欲しいけど…」「恥ずかし…けど…」「ショウさ…ケチ…」とブツブツ小言を言われてしまい、特に金に執着も無かった俺は、このAIを黙らせるためだけに提案した。


 「分かった分かったよ!お前の熱意はよ~く分かった!じゃあこうしよう。俺がお前に救われた、お前が最高の働きをしたと思ったとき、俺の金を使って買っていい。もちろん何を買うかは秘密のままで、だ。それでどうだ?」

 「本当ですか!!?」

 ルリハはスピーカーが音割れするほどの大音量でそう確認してきた。

 「ああ本当だ!本当だから、頼むから静かにしてくれ!!」


 俺が必死にそう訴えると、彼女は「今の会話録音しましたからね!やったー!!」と声を上げて、それ以来、大人しくなった。

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