第7号線「優しさってなんですか」
〝ガタン!ガタッガタン!!ガタン!ガタンガタガタガタンッ!!〟
兎耳のロボット、ララの居た喫茶店〝コニー〟を後にして、俺は車を走らせた。
ララは真っ直ぐに立って両手を前で揃えて、静かに俺たちを見送ってくれたが、少し先の交差点を過ぎた辺りから、道路脇に生い茂る草木で隠れて見えなくなった。
「何故、嘘を吐いたんですか」
交差点を過ぎると、右耳のイヤフォンから、静かな声が聞こえた。
「なんだよ、何の事だ?」
「とぼけないでください」
彼女の声は心無しか、少し刺刺しかった。
「何故お店が真っ白な事を教えてあげなかったんですか。何故手紙の内容をきちんと伝えなかったんですか」
「………」
俺の沈黙を他所に、ルリハは続ける。
「というか、何故彼女のマスターさんも、あんな嘘を吐いてララさんを捨てたんですか。皆して何なんですか。嘘を吐かれていると知ったとき、騙されたって、捨てられたんだって彼女が知ったとき、どうするんですか」
「………」
「ショウさん。あなたは何故、嘘を吐いたんですか」
「………あいつは」
ルリハの勢いに圧されて、俺は口を開いた。
「あいつはロボットだ。ロボットってのは、俺たち人間やAIとは違って、データが上書きされれば、古いデータは自動的に抹消される。あそこで俺たちが、店の中が全部真っ白だって言っちまえば、あいつのデータもそれに合わせて上書きされる」
「…つまり、ララさんのデータ上では、お店の中の風景は真っ白になる前の状態で残っていて、私達が現状を伝えれば、彼女の中のカラフルなデータも全て失われる…ということですか。そもそも、何故あのお店は、全ての色を失っていたんでしょうか」
「さあな。ただ、あいつは掃除をかなり入念にしていたみたいだから、恐らくやりすぎたんだろう。目が見えれば加減もわかるんだろうが、流石に色合いまではセンサーじゃ分からねぇだろうし」
「でも、それなら、掃除は程々にするようにって伝えたほうが、良かったのではないですか?」
ルリハは至極当然の様に、そう言った。確かにそうだったのかもしれない。
だけど。
「もう戻らなのに、事実だけを突きつけるのは、気が引けたんだよ。あいつの中では、店の中は当時のままの色彩で残っている。写真も何も無くなっていたけれど、あいつの中にだけは、確かに残っている。だったらそれは、大切に取っておいても、いいんじゃねぇかなって。そう思ったんだ。それに」
一呼吸置いて、俺は続ける。
「あいつはきっと、本当は分かってたんじゃねぇかな。掃除をやりすぎてしまったことも、マスターがもう帰って来ないことも。自分の役目が、終わっていることも。…だけどあいつは、最期まであの店で働きたいって言っていた。だから、いいんだ。あいつのマスターの心境なんて俺には分からないけれど、とにかく俺にできた事は、嘘を吐く事だけだ」
行きたい場所も、したいことも、ほかに何も無かったのだとすれば。
あそこで真実を、役目が終わっていると伝えていたら、彼女はきっと機能停止して、長い眠りについてしまっていただろう。
「でも…、でも、だから。もしララさんが真実を知ったときには、どうするんですか」
「…いつか知るのかもしれない。でも、ずっと知らないかもしれない。だけど、あそこで俺たちが本当のことを伝えれば、確実に知る事になる。まあ、だから、何て言うか…、希望的観測を前提にした先延ばし、って言うか」
俺は正直、自分でもだんだん分からなくなってきたので、「まあ、そんなとこだよ」と、半分無理やり、話を終わらせることにした。
しかしルリハはまだ納得いかないのか、更に言及を続けた。
「何故ララさんはショウさんを〝優しい人〟と言ったのでしょうか。求められた要求に正しく応えることが、誤った情報を排除した真実を伝える事が、優しさじゃないんですか。だって私は、そう思って、正しい情報を…。あの時だって、それで良いと思って。だから、私は…」
後半は何の話か全く分からなかったが、それは如何にも、機械的な考え方だった。
「ショウさん。〝優しさ〟って、なんですか」
彼女は、切実にそう聞いてきた。
「さあな。でも、いつか分かるさ」
俺はそう答えた。
そうだといいなと、思った。
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