第1号線「意地悪言わないでください」
〝ガタン!ガタッガタン!!ガタン!ガタンガタガタガタンッ!!〟
「相変わらずクソみてえな道だな…」
西暦2245年。空は気まぐれに色を青や緑や黄色に変え、車が空を飛ぶ時代。
人類は地上での生活を放棄し、空で生活を営むようになった。今の人類の技術力は、地球の重力なんて振り切って、どこまでも高く、どこまでも遠くに飛べるようになっていた。
空中で生活することは地上で住居を構えるよりも遥かに効率がいい。増えすぎた人類は最早地上には収まらない。空中の方が遥かに広い空間を利用できるし、所得の高いものがより高い場所で暮らせる。わかりやすいシステムだった。
今となっては地上に足をつける人類などほぼいない。地上は放棄された人類文明を飲み込み、上空遥か高くに巣食う我々人間が撒き散らす公害物質に屈しながらも、恨めしそうに本来の形に戻りつつあった。
最早地上は廃墟の大陸だ。高層ビルは崩れ、公園は森林になり、道路の舗装は穴だらけ。雨水用のクレーチングもだいぶ古くなってきているせいか、水没してしまった町さえある。
俺は、そんなクソみたいな地上を車で走っていた。
周囲は高々と広葉樹がそびえ立ち、正午を過ぎたばかりだというのに、あたりは薄暗い。所々、アスファルトの舗装を突き破って道路のど真ん中から幹が伸びている。約100年前まではそこそこ大きな公道だったようだが、今は見る影もない。
「ショウさん、だから言ったじゃないですか。だからいつも言っているじゃないですか。今時こんな、地上を走る車なんてありえないですよ。旅行がしたいならショウさんも空を飛ぶ車を買うべきです。エアランナーって言うんですよ知ってますか?なんでこんな中古の空も飛べない車にしたんですか、むしろ良く見つけましたねこんな掘り出し物!」
俺が道路についてボヤくと、右耳に装着しているイヤホンから若い女性の声が喧しくなった。いつも小言が多くて本当に喧しいこの声の主は、しかし人間ではない。自律型ナビゲーターAIだ。旅のナビゲートを頼むためにわざわざユーザーライセンスを取得して購入したというのに、このポンコツAIルリハは、小言ばかりで全く役に立たない。
「エアランナーくらい知ってるよ。元々そっち系のシステム会社に勤めてたんだ」
「あら、ショウさんも勤労の経験はあったんですね、それは失礼、認識不足でした。てっきり生涯無職かと」
「さらっと言うんじゃねーよ、さらっと。いいから早くナビゲートしてくれ。この道で合ってんのか?」
「ナビゲートも何もないですよ、そもそもショウさん、もうこの質問は76回目ですけれども、あなたの目的地はどこですか?」
「ないよ、目的地はない」
「そしてこの返答は66回目です!ちなみに残りの10回は無視されています!AIだって無視されたら傷つくんですからね!ほんとに!」
そんな心の傷だって修正パッチ一つでどうにかなるようなものだろう。いちいち気にしてなんていられない。
「はいはい悪かったよ。少し意地悪しようとしただけだ、この道であってるかどうかなんてどうでもいい。今の電力でこの車、あと何キロ走れるか教えてくれ」
「AIだからっていじめないでくださいよ…、最近話題になってるんですよ?AIいじめ。私もAI公安委員会に会話データ送信してしまいたいです…全く、もう。で、なんでしたっけ?今の電力であと何キロ走れるか、でしたね。現在の電力でしたら、だいたい370キロ程度の走行が可能です」
「300キロ以上走れれば十分だ。そしたら、じゃあ、ここを曲がってみようかな」
俺はそう言って、苔に覆われた青看板を一瞥して、ハンドルを右に回した。
ルリハとの会話でも言っていたとおり、俺の旅に目的地はない。
1ヶ月程前に彼女を購入した際、俺の名前や性別等のプロフィールを登録し、その後尋ねられた、
「目的地はどこですか?」
という質問に対し、俺は、
「ないよ、目的地はない」
と答えた。
AIである彼女にはその意味がわからないらしく、今でも何度も目的地を尋ねられる。何度聞かれたって同じだ。誰だって目的があって行動してると思うな。俺はなんの目的もなく、なんの希望もなく、なんの利益もなく、ただ、どこかに行きたいから行ってる。それだけだった。
そんな俺をやっぱりルリハには理解ができないようで、最近は憎たらしいことに小言が増えてきた。本当に喧しい。AIというのは使用者とのコミュニケーションを通じて人格が形成されていくらしいが、この場合、基本的に喋らない俺に似て静かなAIになってくれるもんだと高を括っていたというのに、結果的にうるさいAIに形成されてしまった。マナーモードとかないのか、こいつには。
「この先には鹿の群生地があるようです。走行に注意してくださいね」
右耳のイヤホンから注意喚起のアナウンスが入る。「こんなこと、エアランナーだったら絶対に言わないですよ」と、また一言多い。
「いいじゃねえか。AIとしての貴重な体験だろう。次誰かのエアランナーをナビゲートするときに、笑い話として雑談でもするといい」
俺がそう言うと彼女は。
「そんな…また、そんな意地悪、言わないでくださいよ…」
と、意地悪として言ったつもりも、意地悪に該当する心当たりもない俺にとっては予想外に、悲しそうな声を出していた。
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