第6話「あんたの一日、見せてもらうよ」
「ぐ…!こっの!観念……っ!しろぉっ!!!」
あ、どうも皆さん、おはようございます。笹田結衣です。元気?
え?朝から何をしているのかって?見ての通り、布団の山の中に手を突っ込んで、中からヤツを引っ張り出そうとしているんです。
「くっそー…、なんて顎の力だ。だが諦めんぞ…。私の
さて、じゃあもういっちょ…。え?何ですかうるさいな。ヤツってなぁに?何が布団の中にいるの?ですって?
はーあ…。全くもう。いちいち説明するまでも無いと思うのだけれど。ちょっと考えたら分かるはずなんだけどなー。朝から布団と言う名の珊瑚礁に潜んでいるモノなんて…。
そんなの…。そんなの…!
「ウツボに決まっているじゃなぁぁぁいっっ!!!」
〝ズボオオォォ!!〟
私はそう叫んで、雑に折りたたんだ布団の山の中から、ウツボ(柄のタオルケット)を引っ張り出した。その勢いのままグルグルと、右手にタオルケットを巻き付ける。
タオルケットの先端には、長年の私の
「さあ!その子を離すんだ!私の手に巻き付いたって無駄だよ!わたしゃこの道40年の大ベテラン!観念おし!濱口ま○る?あの子は私の弟子だよ!!」
私は朝から半裸でウツボ狩りごっこをして遊んでいた。
何故そんなことを朝からしているのかって?ふっふっふ、教えてあげましょう、何故ならば。
「今日はお~~や~~す~~み~~♪(ハモリ)」
私はルンルン気分で手に巻き付いたタオルケットを肩に羽織った。これは今捕らえたウツボの加工品である。狙った獲物は逃がさない。捕らえた獲物は骨まで食らう。そして私の自由を奪うものは、
「生きては返さない…」
…あれ?今、廊下に面した窓のところに、誰かいたような。
「……ま、気のせいか♪」
こうして、私の優雅な日曜日が始まった。
「あ、危なかった…!!」
あ、どうも皆さん、おはようございます。内海雪乃です。ちょっと確認なんですけれど、あたしの首と胴体、まだ繋がってます?
只今時刻は午前11時。週に一度のお休みらしい日曜日は笹田さんの活動開始時間が分からないので、迂闊に外に出られません。しかし静かだったアパートに
〝ウツボに決まっているじゃなぁぁぁいっっ!!!〟
という意味不明な言葉が響いたので、恐らくついさっきあの人は起床したのだと思います。なんなんでしょうかね、ウツボって。彼女の故郷での朝の挨拶でしょうか。
個人のプライベートを覗き見る事は本人にとって大変迷惑な事であり、ストレートに言ってしまえば恐らく犯罪なのでしょうが、あたしの好奇心と、正直「隣人をこんなビビらせてんだから大目に見ろ」という、大変尊大で的外れな被害者意識が、彼女の荒唐無稽な日常生活を覗く行為に繋がっていました。
と言うとまるであたしが警察に捕まった時の供述内容を既に用意しているみたいに思われそうですが、こんな阿保みたいな理由で捕まってやる気は更々ありません。それに大丈夫です。お風呂やトイレは覗いてないし。隣の部屋から奇声が上がった時だけです。というかいい加減ホントにカーテン買った方がいいよ笹田さん。あんた一応、一人暮らしの女性だぞ。
と、そんな訳で何がウツボに決まっているのか気になったあたしは、この日初めてお日様が沈む前に隣人の様子を伺ってみました。
彼女はどういう声帯をしているのか、一人で今日が休日だという喜びをハモリで歌っていました。いや凄いなその特技。…ってか何その趣味悪い柄のタオルケット!?しかも先端になんか…?何あれ気持ち悪っ!?なんか変なぬいぐるみ縛り付けられてる!
〝生きては返さない…〟
「ひっ………!!!!」」
と、そんな風に彼女の半裸姿を眺めていたが、脈略も無く笹田さんの口から急に発せられた殺害予告に、私は全身の血の気が引き、その場で一瞬硬直してしまった。
こちらに振り返る笹田さんの動作が、やけにゆっくりと感じた。これが走馬灯!?ああもうダメかも。こんなところで死ぬのかな…。
…いや、諦めるな、あたし。
死ぬには…!
まだ、早い!!
「んぐぷっ!!」
あたしはかなり無理な動作で体を折り曲げて、窓枠の外に逃げた。全身のうち名前に首の字が入る部位は多分全部イッたけれど(乳首はイッてない)、命には代えられない。
笹田さんの〝……ま、気のせいか♪〟という言葉が聞こえたところで、あたしは緊張感を解き、「あ、危なかった…!!」と呟いた。
「ク、クク、クックックック…!」
あたしは、静かに笑っていた。
こんなところで挫けてたまるか。足首は挫いたけど。
それは昨晩、眠る前に考えていた事だった。
いつまでも怯えてばかりでは、憧れの大学生活は一生訪れない。
あの人とちゃんと向き合わなければ、穏やかな一人暮らしは出来ない。
逃げているだけでは、いつか餌食になるだけだ。
だから今日は。今日こそは。
笹田さん、あんたの一日、見せてもらうよ。
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