第5話「笹田さんがあの世に送ってあげるからねぇっ!!」

 「僕の名前はヤン坊♪僕の名前はふんふ~ん♪」


 こんばんは。内海雪乃です。数日前から隣の部屋からガタンゴトンと不吉な音が聞こえて来るので様子を見ているのですが、今日も今日とて隣人、笹田さんはご機嫌に歌を歌っていました。あの歌は小さい頃によくテレビで流れていたのですが、笹田さんは一昨日からずっとマー坊の名前を思い出せないようです。調べろ。


 相も変わらず部屋の明かりを爛々と照らしておきながらカーテンはレースカーテンのみ。今日はちゃんと部屋着を着ているとは言え防犯上大変よろしくないと思われますが、どうやら彼女はこのアパートには自分一人しか住んでいないと勘違いしているらしく、おかげであたしはこうして息を潜める毎日です。正直引っ越した当初程に恐怖心は抱いていない(でもまだちょっと怖い)のですが、ここまで来るとなんだか、今更私が隣にずっと住んでいたと知った時、笹田さんはどれ程絶望するんだろうかと考えてしまって、結局タイミングを完全に見失いました。節約生活をしているんだと割り切る事にしています。


 「小さなものから大きなものまで♪動かす力だヤンマーディーゼル~♪フーゥ!!」


 そんな笹田さんがここ数日何をしてい…、ちょっと待ってあの人今ヤンマーディーゼルって歌ってたよね!?そこまで歌えたらヤン坊の相棒わかるだろ!!それだよ!まんまだよ!!ってかホントこのアパート外に声丸聞こえだな!!


 …ええっと、そうだ。そんな笹田さんがここ数日何をしているかというと、まあ結論から言うとドミノなんです。部屋のリビングで。

大人になってもドミノやる人ってたまにいますよね。確かに何歳になっても見ていて飽きないし、大人になるとやっぱり財力が増す分、かなり大規模なドミノをやる人もいるんじゃないでしょうか。限度はあるかもしれませんが一つの趣味として、十分容認されるものだと思います。


 「いっけね!また倒しちゃった!テヘラン会談☆」


 〝ガタガタッガダンゴンッ!バサバサバサァ!!〟


 ただ隣人の何が問題なのかというと、この人、背の丈くらいの高さの本棚でそれやってるんですわ。狭いリビングで。しかもあたしの部屋に隣接する壁の前でカーブしてるからこんな風に、誤って倒してしまう度にあたしの部屋すんごい音するんですわ。夜の1時まで。

 ホント何してんだこの人。っていうかテヘラン会談なんて言葉良く知ってたな。意外と博識なのかな。いやにしてもホント何してんだこの人。


 「いやマジでコナン君凄いわ…、私だったら絶対津川館長に殺されてるもん…」


 え?えええ!!?コナン!?この人コナンの図書館殺人事件再現しようとしてたの!!?あのトラウマ回を!!?しかも自宅で!!?


 「また本入れ直しだよー、せっかく麻薬っぽい粉の袋も作ったのに…、めんどくさいなこれ…」


 いや、そういうことなら私もやってみたいけれども…!クロックタワーとかでもあったよねこういう!本棚倒して敵を倒すみたいな仕掛け!確かに興味はあるけれども!

 ええ、どうしよう、ここ数日いい加減キレそうだったけれども、そういう事なら協力しちゃうよ私!?完全にタイミング見失ってたけどもしかして今日が二人の初めまして?そしたら私の今の生活ともおさらば?これはチャンスでは!

 「話は聞かせてもらいましたよ私は隣に住んでます内海雪乃!それ以上言葉は要らないゼッ(ばちょーん☆)」これだ。笹田さんは絶対動揺するけれども、有無を言わせず協力する事によってハートをぐっと鷲掴み!うん、ここんとこの寝不足やら何やらで多分今あたし頭おかしくなってるけど、この勢いで乗り切ってこの窮屈な生活から解放されるなら…!!


 そう思って、笹田さんの家の窓に張り着いていたあたしは、ドアの方へと向かおうとした。


 しかし。


 「あ、死体用意してないじゃん」


 は?


 死体?

 あの、エレベーターの上に遺棄されてた?


 「どっかに都合よく転がってたり…」


 ひ、ひいいぃぃぃぃ!!!!

 笹田さんがこっちに近づいて来る!!?


 待って、今からあたしの部屋に逃げても…ダメ!間に合わないし奇跡的に間に合っても確実に物音を聞かれる!隠れられる遮蔽物も…無い!!ひっ…!!し、死ぬ!!コロサレル…!!Dead of 死!!あ、ああ……!!!ああああぁ……………!!!


 そして間もなく、笹田さんはリビングの窓をガラリと開けて周囲を見渡し、


 「転がってたり…、まあ、しないよね」


 と呟いて、ガララ…ピシャッと、窓を閉めた。


 あたしは、窓枠の真下で仰向けになった状態で、そんな笹田さんを見上げていた。


 「た、た、助かっ、た……!!!」


 あたしはそのまま、朝まで動けなかった。

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