第2話「原始人楽しい」
ストレスだ。
ストレスだ。ストレスだストレスだ。ストレスストレスストレスストレスストレス!!!!!
「あああああああああああああああああ!!!!!!!!!………ふぅ」
狭いアパートの部屋に我ながらクレイジーな叫び声が反響した。アパート全体に響き渡っているんじゃないかという程の声量だった。うん。グッジョブ私。今日も絶好調っ。
時間は午後10時。株式会社
どうもみんな、24歳OL、笹田結衣だよ。
「笹田結衣だよおおおおおおおおおおおお!!!!!!………ふぅ」
叫ぶという行為はとても原始的だ。だからこそ発展しすぎた現代文明の中で私の原始的な感情を曝け出せる。SNSやらお洒落なカフェやらでは毛ほども満たされない私の欲求不満を解消できる。というか、あんなもんは更なるストレスを私に蓄積させていくだけだ。
今の私は原始人。ウホォ。
当時の原始人は午後10時には就寝していたんだろうけれど、現代を生きる原始人の夜はこれからだ。発展的な世の中に物申すことが今の私、原始人笹田の使命なのだ。
キッチンには帰宅途中に購入したピーマン、人参、じゃがいも、サバ、手羽先、こんにゃく、卵がある。
勿論夕食として食べるために購入したのだけれど、今の私は原始人。そう、今日は原始人クッキングを行おうという寸法だ。
全部油で素揚げウホ!
いやー、テレビの無人島生活とか見ててずっとやりたかったんだよね。少し前までは料理する気力もなかったからやる気にならなかったんだけれど、ハラが減っては戦はできぬ、いつまで続くか確証のないこのハッピーライフを全身全霊で満喫するために、先ずはしっかりご飯を食べよう。
深めのフライパンに油を注ぎこみ、火をつける。火加減とか油の温度とかは、まあよくわかんないから適当でいいかな。
強火、っと…。
さて、先ずは何から投入しようかな。やっぱりじゃがいもだよね。ポテトチップスとか美味しいし、多分そのまま揚げても美味しい。
私はポリ袋の中からじゃがいもを取り出した。
…なんか、土がついてて汚い。水で洗ってからかな。
水道の蛇口をひねり、じゃがいもを二つ綺麗に洗った。うん、こんなもんでしょ。
そして私はそのじゃがいもをまるごと油に投入した。
〝ジュワァァァ…ポンッ!ポンッポンッ!!〟
しまった!水気を取らずに投入したもんだから油がメッチャ跳ねる!私半裸!ピンチ!
「ちょっと待ってあっつあっつい!!助けて!!え!!無理なんだけど!!ハハハハハハハハ!!!!」
原始人楽しい!!!!!
菜箸でじゃがいもをぶっ刺して油から取り出す。表面はカリッカリ、割ってみると中はほっくほくだ。そういえばじゃがいもは水気を取らずに一気に揚げた方が美味しいってテレビで言ってた。大成功じゃん!
「うーん、でもまだ熱くて食べられないな。次何入れっかなー」
炭水化物を確保できたので次はタンパク質。そう思いサバの入ったトレイを取り出す。
「………………………」
え、なんかサバ怖い。
よくよく考えたら今まで魚なんて切り身でしか買ったことなかった。なにこれ。これ自分でお腹とか切って内臓出すの?頭も切り落とすの?
「これは明日けけ様に献上しよう…」
けけ様とはこの界隈をうろちょろしている野良猫だ。ここに引っ越してから私の数少ない友人になってくれたけけ様に、日頃のお礼という事でサバは見送ろう。
「次!!」
なんかもう、いちいち洗ったり皮むいたりして揚げるのが面倒に思えてきた。そうだよ私原始人じゃん。原始人は下拵えなんかしないよ。なにやってんの私。土くらい食えよ。……いや土はやっぱ無理。
「というわけで!一気に全部揚げるウホォ!!」
私は手当たり次第に袋から食材を取り出し、人参、手羽先、ピーマン、こんにゃくと、ありのままの姿で油に投入した。食材達は油に触れた瞬間にポンポンと心地の良い破裂音を鳴らし、私に容赦なく油を飛ばしてきた。
「うわっ、めっちゃ油跳ねるじゃん!やばい!ガードしなきゃ!!原始人だから、えっと…ベニヤ板買ってくれば良かった…なんもないよ原始時代の盾…あっつ!!」
その時私は原始時代に拘りすぎたあまり、身の安全よりもシュチュエーションの完成度にばかり目がいってしまった。そして生卵を10個油に投入した瞬間、悲劇は起こる。
〝シュワワワワワァァッッッボッシャアアアアア!!!〟
「ギャアアアアアアア!!!!!」
すんごい勢いで卵が爆発して、フライパンから全方向に油がそれいけアンパンマン!!あ、これさりげなくフライパンとアンパンを掛けてる!上手い!私!
私は上半身と顔面に火傷を負った。
ストレスだ。
ストレスだ。ストレスだストレスだ。ストレスストレスストレスストレスストレス!!!!!
〝あああああああああああああああああ!!!!!!!!!〟
また聞こえた。隣人の奇声だ。まだここに引っ越して3日目だけれど、こんな叫び声をもうかれこれ20回は聞いている。
あたし、内海雪乃の棲む203号室は、もう午後10時を過ぎているというのに、夕方からずっと明かりを付けていない。
理由はひとつ。隣の202号室にバケモノが住んでいるからだ。
引越しの挨拶もしないまま、あたしはこのアパートで毎日をコソコソしながら暮らしている。隣人は確実に気が狂っていて、結局年齢も名前も何も知らないまま…
〝笹田結衣だよおおおおおおおおおおおお!!!!!!〟
…笹田結衣という名前らしい。
笹田さんはいつも何故あんなに叫んでいるんだろうか。何か仕事でストレスでも抱えているのだろうか。私だって笹田さんの奇声でストレスどころか恐怖に打ちひしがれているんですけどね。
にしても彼女の奇声は本当に悲壮感と絶望感に塗れた悲痛なものだった。…もしかして彼氏からのDVとか!?え、だとしたら笹田さん大丈夫!?同じ女としてそこは助けに行くべきじゃない!?でも私何できるんだろ、ていうか今の笹田さんなら男の一人や二人簡単に殺めてしまいそうだけれど…。
なんだか一人で勝手に不安になってしまい、私は居ても立ってもいられず、とりあえず部屋の外に出た。
…あれ?笹田さんの部屋の前すごく明るい…、待って、カーテンしてないの!?いくら屈強だからってそれは防犯的に…ってなんでこの人下着姿なの!!?
興味本位でバケモノの巣窟を覗き込んでしまった私を待ち受けていたのは、下着姿でキッチンに立つバケモノの姿だった。あの人がきっと笹田結衣さんかな。他に部屋には生き物は見当たらないし…。なんだ、人間じゃん。てかおっぱいおっきいなこの人…。
え、待って?揚げ物しようとしてる?それ強火じゃない?笹田さん待って!それダメなやつ!その格好でやっちゃダメなや…あっちゃー!やっちゃったよ!!笹田さんしかもじゃがいもまるごと!?もう一回言うけどやっちゃったよ!
〝ちょっと待ってあっつあっつい!!助けて!!え!!無理なんだけど!!ハハハハハハハハ!!!!〟
笹田さんの声が部屋の外まで聞こえている。レースカーテン越しにコッソリ見ているからあたしには気づいていないみたいだけれど、それにしても無用心すぎる。てか何笑ってんだあの人。相当跳ねたでしょ今の勢いだったら。火傷必須だよ。
不思議なことに笑いながら油を浴びている笹田さんは、どこかハツラツとしていて、まるで無邪気な子供のようだった。キッチンのライトが彼女を照らすスポットライトのようにも見える。
どうやらじゃがいもは無事に揚げ終わったようで、笹田さんはポリ袋からサバを取り出した。
ダメだよ笹田さん!それそのまま揚げたらお腹とか爆発するから!マジで危ないから!って言いたい!言いたいけど怖い!油かけられそう!
しかし笹田さんはサバを見つめたまま暫く黙り込み、そっと袋に戻した。よかった。本能的に危険を察したのかもしれない。失礼だけど笹田さんは本能とか強そう。そう思うと、今の姿はまるで原始人のようにも見えた。
サバに手を出さなかったことにあたしは安心していた。しかしその直後、信じられない発言を耳にする。
〝というわけで!一気に全部揚げるウホォ!!〟
ん?今なんて言った?
全部?全部って?コロッケとか唐揚げとかかな?イカリングとかやるつもりなら相当覚悟必要だと思うけど。…え、それ人参?またまるごと?うわ手羽先も、勿体無い。塩コショウでカリッと焼いた方が美味しいのに。ピーマンせめて種ぬこうよ。素揚げより天婦羅の方が美味しいよ。って、ええ!?ここ、こんにゃく!?それはあたしも揚げたらどうなるか知らない!!うわーめっちゃ油跳ねてる。笹田さん何かでガードしようよ…。服着ないならせめて鍋の蓋とか…。ってかウホォって言ったよあの人。完全にテンション原始人だよ。
あたしは油に打たれて悶える笹田さんをハラハラしながら見ていた。実際少し怖いけど、もう少し見ていたい。揚げこんにゃくを食べたときのリアクション次第ではあたしも試してみたいし、何より油に打たれて悶えるたびに揺れる笹田さんのおっぱいが…くそぅ!
おっぱいに目を奪われる程度には落ち着いて笹田さんの様子を見てられたのだけれど、その時、彼女が袋から取り出した食材を目にした瞬間、私は凍りついた。
卵!!?笹田さんそれはダメ!それ多分生でしょ!?生卵でしょ!?それすっごい爆発するよ!ダメだって!あ、ああぁぁ…!!!
〝ギャアアアアアアア!!!!!〟
笹田さああああああああああん!!!!!!!!
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