第1話「爆誕」
「うえええええええええええええいいいいいひぎぎぎぎぎぎぎいいいい!!一人!一人ぼっち!!ぎゃあああああああああ!!!自由だ!私は自由なんだ!!!ぴろぴろぴろぴろぴろぉぉ!!」
どうもみなさん初めまして、滝上荘202号室の主、
「もう全裸でも誰にも気づかれない!もう熱唱しても誰にも聞こえない!もう玄関のドアノブでパチンコ屋さんごっこしても誰にも怒られない!ぎょおるろろれええええええええ!!」
私の職場は非常に明るく和気藹々として…。いえ、クソです。ええクソですとも。
「もうカーテンなんかいらない!!もう曇りガラスなんていらない!!もう叫ぶとき用のクッションなんていらない!!部屋着もいらない!!おっしゃ!!景気よく行くぞ!!二万円の元彼のコンポもぶん投げてやる!!バラバラに分解してその残骸で犬小屋作ってその中にう○こして捨ててやる!!ばーか!!!」
残業代は出ないし上司はネチネチしてるし食堂はないし上司はハゲてるし給料安いしハゲはネチネチしてるし本当にストレスしか溜まらない、そんなオフィスです。
「さーて何しようかなぁ…やりたいことだらけだ…。何しようかな何しようかな…。よっし!まずは身辺整理しよう!カーテン外してドア全部開けて元彼のコンポぶっ壊して要らない物全部捨てよう!深海魚のぬいぐるみも天日干しできる!なにこれ!世界ってこんなに美しかったの!?」
上司に対しての殺意、そして自分を開放できないアパート暮らし。私はもう限界だった。このまま社会の歯車として、個性も性癖も何もかも削り取られて行くのだと半ば諦めていた。
そんな生活を続けて約1年半、ついにチャンスが来た。私の住んでいるこの滝上荘は学生の受け入れを積極的に行っているのだが、そのおかげで今年の3月、1階に住んでいた男子高校生たちが一斉に卒業して出て行ったのだ。同級生の仲良し同士で連れ添って入居したのだろう。ほぼ毎日のように夜中まで騒いで本当に迷惑な類人猿共だった。早く人類に進化しろと念を込めて何度下の階に向かってタップダンスを披露してやったことか。今となっては懐かしい日々だ。
そんな彼らが一斉に退居し、その一ヶ月後には205号室に住んでいた学校の先生が引越しを済ませ、遂にこの滝上荘の住人は202号室の私と206号室の若いお兄さんだけに。
そこからの私は本気だった。206号室に聞こえる声量で般若心経を毎晩唱え、彼の家の窓一面にスライムを塗ったくり、彼の家の郵便受けに2週間かけて乱獲したバッタを放った。最終的に警察が来て事情聴取をされたが、そんなもの日頃から猫を被っている私にすればどうってことはない。簡単に疑いは晴れ、滅入った彼は遂に今日、この滝上荘を去った。
今思えばとても非人道的なことをしたと思う。当時の私には、彼をこの滝上荘から追い払い、楽園を手にする。それしか頭になかった。
しかし、過去の罪悪感など今の幸福の前には霞んでしまう。私は自由。自由。あれ、おかしいな、涙が出てきちまったぜ…。
「泣かないで私!これは終わりじゃない!そう、始まりなの!メソメソしてちゃダメ、さあ前を向いて!ほら、見えるでしょ!輝かしい未来が!おおおお盛り上がってきた!一人で盛り上がってきた!よし!やるぞーっ!」
私は前向きな気持ちで、元彼のコンポの解体に取り掛かった。
あたしがこの町に引っ越して一週間になる。
あたし、
高校を卒業して大学進学は決まっていたものの住む家が全く見つからず、実家で居心地の悪い2ヶ月間を過ごし、やっと見つけた部屋の名は滝上荘203号室。契約が終わってすぐ、実家から逃げるように入居した。
荷物もダンボール3つ分だけ。最低限の服と調理器具、生理用品、布団。家具すらまだない状態だった。
生活感のない暮らしも案外悪くない、安直にそう思っていたが早くも限界が来たので、近くのホームセンターでミニテーブルとクッションを購入した。他にも欲しいものはあったけれど、きっとキリがない。あっさり諦めて、あたしは帰りのバスに乗車した。
バスを降りて、少し重い荷物を抱えながらアパートを目指す。あのアパートはなんというか、影が薄くて見つけづらい。慣れるまで少し時間がかかりそうだけれど、静かに暮らせるいい住処にありつけたと、あたしは満足していた。
していたのに。
「うわっ。なに、これ…」
アパートに続く道の端、ゴミの回収ボックスの横に、廃材で作られたツギハギだらけの犬小屋…のような物が置かれていた。ゴミだろうか。にしてもこれは酷い。とても動物が住めるような快適な作りはしていないし、しかも中には動物の糞が入ったままだった。
どうやらこの界隈にはおかしな人が住んでいるらしい。気をつけなきゃ。
あたしは少し不安になって、足早にその場を去った。
そしてようやくアパートにたどり着いた頃、時刻はもう夕方6時に差し掛かっており、空は夕日で真っ赤に染まっていた。
先の不安などすっかり忘れ、新しい家具の置き場所を考えながらウキウキしていたあたしは、滝上荘2階へ続く階段を登りきった時点で、あることに気付く。
「あ、そういえばあたし、お隣さんに挨拶してないや」
すっかり忘れていた。確か大家さんが言うには、今この滝上荘に住んでいるのは隣の202号室の若い女性と、最奥206号室の若い男性だったはず。でもなんだか206号室の人は引っ越しの準備をしていたから、もしかして今いるのは202号室の人だけかな。
新しい生活に伴う新しい出会い。ご近所トラブルとかあったら嫌だな。大丈夫かな。
心配したってしょうがない。まずはしっかり挨拶をしないと。
私は意を決して、お隣202号室のインターホンを押そうとした。
その時である。
〝ガチャリ、ガチャリガチャリ、ガチャリガチャガチャガチャガチャガチャ!!〟
「ひいぃ…!!」
ものすごい勢いでドアノブが回りだした。ドアが開くわけでもなく、ガチャガチャと音を鳴らしてドアノブが暴れている。
そして間もなくドアの向こうから女性の声がした。
「ビッグウェーブ!ここに来てのビッグウェーブぅ!!もっと!もっと金が欲しいと貪欲に右手が唸るぅ!さあここでスロットが回ったぁ!セブン!セブン!来るか来るか来るか…!おぉ…おおぉ…!!な、なんと!まさか!ここに来ての!ここに来てまさかの!しらすだぁー!!ヒャッフゥゥゥゥゥ!!」
「…………………」
あたしは硬直していた。
なんだこれ。扉の向こうで何が起こっているんだ。なぜスロットでしらすが出るんだ。意味がわからない。なんだこれ。怖い。
「に、にに逃げなきゃ…!!」
あたしは静かに後ずさり、すぐ隣の自室に入ることが怖くて、忍び足で最奥206号室を目指した。きっと誰かいるはず。藁にも縋る思いだった。とにかく誰かの顔を見て安心したかった。
206号室のインターホンを鳴らす。〝ピンポーン〟という音が虚しく響くだけで、人の気配はない。嫌な予感を押し殺して、通路に面した窓から中を覗くと、そこにはカーテンも付いておらず、あたしの部屋よりもスッキリした、何もない部屋が、あった。
「嘘…でしょ…!」
遠くで〝スリーしらすだあぁ!〟という叫び声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます