episode 3[取り敢えずソラとでも]
「〝outlaw〟って…あの、京都府警ハッキング事件の!?」
「おお~、良くご存知。マニアックだね。いかにも、僕らが京都府警の中央管理サーバーを間違えてハッキングしちゃった〝outlaw〟。そして僕がそのリーダーのニーナです、よろしくぅ!」
クジラ頭は悪びれる様子も無く、ニコリと笑った表情を崩さずに言った。
京都府警ハッキング事件とは、1年程前に起こったサイバーテロ事件で、文字通り京都府警の中央管理サーバーがセキュリティを突破され、ハッキングされてしまったのだ。
だが実際情報漏洩やデータ盗難・改竄の痕跡は無く、〝我々はいつでもお前らのサーバーを乗っ取ることが出来る〟という、テロリストからの宣戦布告だという世論解釈が展開された。
その際に容疑者として取り上げられたのが、今私の目の前にいる〝outlaw〟である。
「いやぁ、あれは本当に悪いことをしたよ。別に僕らテロリストなんかじゃないのにさ。この国大好きだし。ちょっと吉野家のネット注文システムに悪戯しようと思ったら、URLコードの入力ミスで京都府警の中央管理サーバーセキュリティ殺っちゃったなんて、最早笑い話、良い思い出だよ、ホント」
相変わらず彼、ニーナさんには悪びれる様子は無い。ハッキングを〝悪戯〟で済ませる辺り、私とは善悪の感覚が根本的に大きく違うらしい。
「ていうか、私、ずっとここにいなきゃいけないんですか?学校とか、家族とか、どうするつもりですか」
現実的にずっとここにいるのは不可能だ。電脳空間への24時間以上の継続ログインは法律に反するし、家に帰らないとなれば、絶対に両親が不信に思って私を探す。警察なんて出てこようものなら、私は忽ちoutlawの共犯者として逮捕されてしまうだろう。
「大丈夫、うまくいけば今日中に返してあげるから。まあ、もしそうならなかったら君が自力でなんとかして」
「ちょっと、もう、そんな身勝手な…!」
ドレス姿の女性、キレイさんが困り顔でニーナさんにそう声を掛ける。
「大丈夫よ、お嬢さん。もし帰れないことになったら、私がずっと一緒に、いてあげるから」
ニコリと笑うキレイさんだが、目の奥に優しさとは乖離した狂気のような何かの気配がして、私は小さく「…はいっ」としか答えられなかった。
「そういえばよ、お前の名前、まだ聞いていなかった。何て呼べばいいんだ」
キレイさんの後ろにいた死人さんが、見かねたような呆れ顔で話を変えてくれた。この人は粗暴だけれども、実はこの中で一番常識人なのかも知れない。
だんだんとこの人達の相関図が分かってきた。
つまりは死人さん、苦労人だ…。
「私の名前、ですか。えっと…」
「あー、別に本名じゃなくていい。当たり前だけれども、俺達もHNだし」
そうフォローもしてくれる死人さん。しかし、こんな常識人でも過激プレイヤー、つまりは犯罪者なのだ。心を許してはならない。
HNなんて特に考えていなかったし、アカウント名も〝HAZUKI〟だったので、咄嗟に偽名を考えろと言われても、いい名前が浮かばない。
「私の名前は、えーと、そうだな…じゃあ、ソラ。ソラで」
私はニーナさんと向き合い、取り敢えず適当に思い浮かんだ名前を名乗った。
「わかった、ソラ。じゃあ、改めて、僕らの共犯者として手伝ってもらうよ。よろしくね」
「…犯罪の手助けはしません。でも、解放される為の必要最低限だけは協力します。あくまで協力ですよ。共犯なんて嫌です」
「ああ、うんうん、まずはそれで良いよ。そのうち君もすぐクセになるから」
ニーナさんは意地悪な笑顔のクジラ頭でそう言った。
私は、犯罪者と握手をした。
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