8
翌日。静かな雨の音で目を覚ますと、傍らにはディーヴァが腰掛けていた。彼女は私が目覚めた事に直ぐに気がつき、「すみません、寒かったですか」と声をかけてきた。確かに少し肌寒いなと思い部屋を見渡すと、ベランダに続く窓が開け放たれていた。
「随分と早起きだな。なぜ窓を開けていたんだ?」
私がそう訪ねると彼女は、「感動していました」と、穏やかな声で短く答えた。あまり質問の答えになっていないような気もするが、成程、昨日の口ぶりだと未来のこの星に雨という天候は存在しないらしいから、物珍しい気持ちも分からないでもない。
「今日は町に連れ出してくださるんですか?」
「ああ、勿論。朝食も済ませたいし、行こうじゃないか」
私はそう言って起き上がり、洗面所へと向かう。目が覚めて直ぐに誰かと会話をするなんて数年ぶりなので、寝起きの自分の声はこんなものだったかと少し妙な気持ちになった。
私は顔を洗い、歯を磨き、普段着に着替えてから申し訳程度に寝癖を直した。そろそろ髪も切りに行かなければ。
ディーヴァにも一応確認したが、彼女はアンドロイドなので身支度に関しては時間を確保する必要は無いとの事だった。服装についても、少々派手ではあるがこの時代でも目立たないデザインのものだった。
二十分程で身支度を済ませ、ディーヴァと共に玄関へと向かう。さて朝食はどの店で摂ろうかと考えながら靴を履き、鍵を捻り扉を開くと、やはりギイィ…、という耳障りな音が鳴った。外の空気はまだ冷たく、少し停滞しているような陰鬱さを感じさせたが、風も無く雨足も緩やかで、雨の日の散歩にはうってつけの天候だった。
「あの、沢民さん」
後ろで、ディーヴァが私を呼んだ。
「何だい」
「少し不安です」
「そうか。ではあまり長居はせずに、直ぐに帰って来ようか」
「いえ!それ以上に好奇心も募ります。なので」
「なので?」
一呼吸置いた後に、
「手を握ってください」
彼女は少しためらいがちにそう言った。
そんな彼女の仕草に胸が締め付けられるような錯覚を覚えたが、これはコンピューターによるコミュニケーション中の仕様でしかないと言い聞かせ、私は淡々と、一つのシンプルな動作として彼女の手を握った。そして彼女の顔をなるべく見ないようにして、雨が降る早朝の街へ踏み込んだ。
ディーヴァがぎゅっと手を握り返して来たので振り返ると、彼女は少し困ったような顔で微笑んでいた。
雨で淀んだ街の中で、彼女はとても、美しく見えた。
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