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 冷蔵庫の中から現れた彼女は自らを〝ステイティア・アンドロイド〟と名乗った。


 「識別名称はディーヴァです。ディーヴァと呼んでください。さっきは急に話しかけて申し訳ありませんでした。知り合いに似ていたもので、つい」

 「いや、それはいいんだ。取り乱しただけで、そんなことはいいんだ。それよりも、君は何者なんだ。何故私の部屋にいる」

 「先程も申し上げましたとおり、〝ステイティア・アンドロイド〟。アンドロイドです。少し古い言葉を使うとロボットですね。あ、いえ、古いというか、この時代的な、ですね。突然のことで信じられないでしょうけれど、わたしは今から500年後のこの地球からやって参りました。少しの間だけ、わたしを匿って頂けませんか」

 彼女はそう私に告げた。当然、鵜呑みにはしないが、本当だとすれば少し滑稽な話である。

 「アンドロイドだと。五百年後からタイムスリップしたロボットだというのか、君は。よりにもよって何故私の部屋の冷蔵庫にいたのだ。それと、匿ってくれというが、何かに追われているということなのか」

 「あ、決して追われているとか、そういうわけではありません。ただ、つまり、この家で数日生活をさせて頂きたいんです。2~3日バッテリーのチャージを行って、そうしたら、大人しく未来へ帰ります。それと、ここへ飛んできてしまったのは本当に偶然です。運良く冷蔵庫にミラクルフィットでした。わたしの他に4体の仲間がタイムスリップしてきましたが、無事に活動可能圏内に飛んでこれたのは、わたしの他には1体だけです」

 「この星のどこかに、君のようなロボットがもう一体現れたということか。騒ぎにならなければ良いが」

 「彼は今カナダの山岳地帯にいます」

 「何故分かるんだ」

 「情報共有サーバーで位置情報と行動記録を見ることが出来るんです。今は彼の行動記録が更新されていないので、恐らく彼もシステムゾーンが一時的にシャットダウンしているんだと思います」

 「システムゾーン?」

 「人間で言う、脳、ですね。意識を失っていると考えてください」

 なるほど、それでこのアンドロイド、ディーヴァも意識を失って冷蔵庫に格納されていたということか。しかし、タイムスリップで冷蔵庫の中に飛んでくるとは、やはりなんとも間抜けだ。


 私とディーヴァは居間のテーブルを挟み、向かい合って座りながら話をしていた。

 今更だがただ話すだけというのも味気ないので、彼女に何か飲むか、というか食事は必要か尋ねると、彼女は必要ではないが人間と同様に食事は出来ると答えた。

 更に、ミルクティーが好きだと言うので、ポットのスイッチを入れ、マグカップを取り出す。

 五百年経っても紅茶は残存しているらしい。それは少しだけ嬉しかった。

 

 「君は何故この時代にタイムスリップしてきたんだ」

 私は紅茶のパックを取り出しながら尋ねる。彼女は座ったまま、興味深そうにこちらを見ていたが、ハッとしたように顔を上げて答えた。

 「い、いえ、何というか…、何と言うんでしょう。わたしは、今回のタイムスリップを企てたもう一人の仲間に付いて来ただけ、って、いうか…」

 「それは今生き残っているもう一体のアンドロイドか?そのアンドロイドは何故こんな時代へのタイムスリップを企てたんだ」

 「それは、えっと。ルシアは…、あ、ルシアっていうアンドロイドなんですけれど、彼はわたしたちのいる時代の人間を、とても嫌っていて。わたし達は人間に命令されて行動するアンドロイドとして開発されたんですけれど、ルシアはそれに反抗していたんです」

 「すごいな、発達しすぎた人工知能の末路か。それで、人間と争ったり、人間を欺いたりしたのか?」

 「ルシアはそんなことしません!争うのも欺くのも、人間のほうじゃないですか!」

 彼女は声を荒らげ、あっ…、と我に返り、私の様子を伺っている。私も怒り出すとでも思っているのだろうか。


 「気にしなくていい、五百年後の人間がどんなものか知らないけれど、この時代の人間っていうのは、案外平和ボケしているから」

 知らない女性に話しかけられて悲鳴を上げる程度にはね、と、私が皮肉交じりに付け加えると、彼女は困った顔をしながらも「ごめんなさいってば」と笑った。


 五百年後の地球で何があったのかはわからないし、知ったところで、その頃には私の命はとっくに燃え尽きているだろう。何もできることはない。

 ただ、今目の前にいる、人を嫌い、仲間を失ったらしい五百年後からのお客さんに、温かいミルクティーを差し伸べるくらいは、私にもできるだろう。


 正直少し、同情していた。


 私は彼女の目の前に、ミルクティーの入ったマグカップをそっと置いた。

 ディーヴァはそれを恐る恐る口にする。


 「五百年前のミルクティーの味はどう?」


 「む…。あっついですぅ…」


 五百年後の人類は、随分な猫舌ということらしかった。

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