第7話「タダではない」

 リリー・パストンと名乗った〝自称〟情報屋の不敵な少女は、困惑する私の周りをグルグルと回りながら「ねえねえ、グラハムさん家の事、知りたいんですよね?ねえ?ねえ?今どんな気持ちですか?ねえねえねえ?」と、しつこく私に問い詰めてきた。小さな紳士はそんな彼女には見向きもせずに、ジーっと私の顔を見上げている。鼻水を拭きなさい。


 「…驚いたよ。私の個人情報がそんなに漏洩していたとは」

 「いえいえ~、近々こちらに来るかもしれないと伺っていましたのでぇ、ちょーっと下調べしておいただけですよぉ」

 彼女は至極嬉しそうにそう答えた。謙遜しているような口ぶりとは裏腹に、私を煽る歩調は速くなり、毎秒眼前を通過する速度で私の周りをグルグルと回っていた。彼女には競歩の才能があるのかもしれない。


 「それにしても、誰が君に私が来ると話していたんだい?この小さな紳士が、君に連絡を取っていた様には見受けられなかったのだが」

 「ああ、それなら、マックスさんですよ」

 彼女は私の正面で足を止め、目が回ったのかふらつきながらそう答えた。良かった。もう少し止まるのが遅かったら年端も行かない少女を感情に任せて張っ倒すところだった。

 ふむ、しかし、マックス?何故だ?

 「マックスさんは私の父の同僚に当たる方でして。『難解な事件が起きたから、近々知り合いの名探偵が君を訪ねるかもしれないよ』と、先日お会いした際に伺っていたんですよ。いやぁしかし流石は彼をもって名探偵と言わしめるグレッグさん。事件の依頼を受けたその日に、私の存在まで辿り着けるとは。御見逸れしました」

 「…それはどうも」

 終始慇懃無礼な彼女の態度に辟易しながらも、私は社交的な会話を努めた。しかしなんだ、蓋を開けてしまえば情報屋とは名ばかりで、つまりは私の友人であるところのマックスから、有る事無い事吹き込まれただけという話である。有益情報を抱えたキーパーソンという訳ではなさそうだった。

 「あれ、疑われてますねぇ。別にグレッグさんの話はマックスさんから聞き取りした訳ではありませんよ?私独自のルートできちんと情報収集しましたから」

 「そうなのか、私はまだこの町に来て日も浅いから、おいそれと情報が転がっているとは思えないけれど。まあ、確かにマックスも、この町は妙に噂が広まる町だと言っていたし…」

 「あ、それは多分、私が噂を流しているからかと」

 あんたかい。

 「とにかく!グラハムさんのお家に関する情報もバッチリ持ち合わせておりますよ?知りたいですよねぇ?聞きたいですよねぇ?」

 彼女はそう言ってまた私の周りをグルグルと歩き始めた。今度は小さな紳士もその後ろに連なって私を煽っている。沸々と腹の底から湧き上がってくるこの感情はなんだろうか。恐らく子供の悪戯を微笑ましく思う慈愛の感情とは正反対の物なのだろう。

 しかし、彼女のこの掴みどころの無い話術や溢れ出る自信から、何か底知れないオーラの様な物を感じているのも事実であった。


 ふむ。情報屋か。


 確かにこれから私が探偵業を続ける限り、絶対に顔を繋いでおきたい人物ではある。

 何か小さな手掛かりにでも繋がれば僥倖だ。


 「わかった、そういう事なら、是非とも教えてもらおうか。グラハム氏に関する、有益情報とやらをね」

 「40ポンドです♡」


 3段アイスの方が、まだ安上がりだった。

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