第5話「おじさんなにみてるの」

 今のところ1番の容疑者であるグレッグと別れ、私は町の図書館でここ数日の新聞を読み漁っていた。小さな町の図書館にしては、地方紙からヨーロッパ全土に流れている大手の新聞まで揃っており、充実した施設であった。ただ一つ、隣で水色の帽子を被った小さな紳士が、口を半開きにして鼻水を垂らしながら無言で私をずっと見上げているという事以外は。


 グラハム夫人邸での紛失事件については、どの新聞にも掲載されていなかった。それもそうか。数十分しか会話していないが、あの家族は恐らくとても聡明である。会話の端々から知識人が持つ独特の余裕を感じた。自分の家族が第一容疑者となっているような事件を、世間様に見せびらかそうとはしないだろう。

 では、近辺で類似する事件がないかと更に新聞を漁ったが、これについてもそれらしい記事は見つからなかった。殺人、強盗、火事、交通事故などが主であり、窃盗事件は2件見つかったが、どちらもグラハム夫人邸での紛失事件が発生する前に、犯人が捕まっていた。

 それ以外では、どうやら連続殺人犯がロンドンで指名手配中であり、未だに捕まっていないという事以外、気を引く新聞記事は無かった。

 「ふむ…」

 それらしく呟いてみたが早速手詰まりである。

 

 「おじさんなにみてるの」

 「ん?」

 何故かすぐ横でずっと私を見つめていた小さな紳士に声を掛けられ、私は彼の顔を見た。

 「私に何か用かな?」

 なるべく穏やかな声で尋ねると、彼はまた間の抜けた声で「なにみてるの」と同じ質問をしてきた。

 「私はね、調べものがあって新聞を見ているんだよ。探偵なんだ」

 〝探偵〟という単語を出せば子供は喜ぶだろうと思いそう伝えた。だが、

 「たんてい?じょうほうやじゃなくて?」

 と、彼は予想外の切り替えしを繰り出してきた。探偵よりも情報屋の方がイギリスでは人気なのだろうか。もしそんな業種の人物がいるのであれば、是非とも協力してもらいたいところだが。

 「君、難しい言葉を知っているんだね。誰か知っている人で、〝じょうほうや〟の人がいるのかな?」

私がそう尋ねると、小さな紳士はにっこりと笑って、

「そうだよ。リリーねえちゃん」

と答えた。〝ねえちゃん〟と言うからには彼よりも年上なのだろうが、見たところこの紳士は齢3~5歳程といったところなので、もしかしたら子供のお遊びの範疇なのかもしれない。


しかし、当たれる可能性には全部体当たりしておきたい。初仕事っていうものは、その成果によって今後の評判にも大きく関わるものだ。例えその女性が幼児だったところで、今度はその子に情報提供の協力者に心当たりが無いか尋ねてみるとしよう。


 「その〝リリーねねちゃん〟には、どこに行ったら会えるだろうか?おじさんのお仕事をお手伝いしてもらいたいんだけれど」


 私がそう尋ねると、小さな紳士は「ぼくんちのとなりだよ。おしえてあげる」と、私の手を引いて私を図書館から連れ出した。

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