第2話「嘘は良くないが」

 そろそろ秋も深まるというのに上着を纏う暇もないまま、私達は紛失事件の相談相手の家へと小走りで向かう。

 街路樹がまばらに色を変える大通りを少し逸れて住宅街へ入ると、清涼感のある空気に包まれた、閑静な路地が無造作に分岐していた。

 マックスの案内で大きな塀ばかりの住宅街を進むと、その行き着いた先には更に少し大きな塀に囲まれた建物が、頑なに黒い鉄柵を閉じて待ち構えていた。赤茶色の煉瓦が映える、立派な屋敷だった。

 この辺りはそこそこ大きな家の多い富裕層の居住区だが、この家は周りの現代的な一戸建てとは違い、ゴシック調の庭やクラシカルな装飾の多い、上品な家であった。


 「さあ、グレッグ、着いたよ。ここが窃盗事件の相談相手、グラハム夫人の家だ」

 私が今回の事案を〝紛失事件〟と言うのに対し、彼は一貫して〝窃盗事件〟と称していた。証拠も何もないというのにそこまで貫かれると、まさかお前が犯人なのではないかと少々疑心暗鬼にもなってくる。


 黒い鉄柵の横に取り付けられたインターフォンを押すと、程なくして正面に見える庭の奥の屋敷からエプロン姿の若い女性が、鉄柵を開いて我々を迎え入れてくれた。

 「マックスさん、お待ちしておりました。屋敷で奥様方がお待ちです」

 目を伏せて我々を屋敷へ案内するこの女性はお手伝いさんか何かだろうか。今時メイドを雇う者などいないと思っていたが、この辺りの富裕層の界隈では流行しているらしい。

 彼女の冷淡な〝お待ちしておりました〟という言葉に、私達は苦笑いしながら庭を縦断し、大きな赤茶色の屋敷正面、暗い色の木製扉を開いて中に入る。外観にそぐわない、揃えられた基調の家具や装飾品の中に、人間が生活している気配も入り混じった、高貴な内装の屋敷だった。

 私の事務所もこれくらい煌びやかになれば仕事も増えるのだろうか。いや、そんなこともないだろう。こんな内装の探偵事務所なんて、忽ち貴婦人達の相談と称した、愚痴や世間話で溢れる社交場と化してしまうに決まっている。

 グレゴリー、初めての名推理だ。


 「あら、マックスさん。その方が、この前話していたキレ者の名探偵さんかしら?」


 屋敷の奥の談話室に通された私達に、妙齢の女性がそう声を掛けてくださった。


 マックス、嘘は良くないが、事実を誇張して話すのは、もっと良くない。

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