第1話「初仕事は遅刻気味」

 私がコーヒーを啜っていると、事務所兼住宅のドアがノック音も鳴らさずに図々しく開いた。この場合、何者かによって開けられたドアには何の罪もないのだが、それでも私はドアを開けて入ってきた人物の顔を見て、やれやれ、少しは我が家に通す人を選んではくれまいか。と、薄いドアに対して溜め息を漏らさずにはいられなかった。


 「やあグレッグ。仕事は順調かい」

 そう言って恥ずかしげもなくニコリと笑うこの男の名はマックス・タイラー。私と同じアメリカ育ちの幼馴染で、数年前からイギリスの中流企業に就職している。何を隠そう、私にこの住宅を提供してくれた人物だ。

 マックスはにこやかな表情が特徴的なネイティブアメリカンで、良心的な性格の持ち主である。悪く言えばおせっかいである。

 「そう毎日様子を見に来なくても。私だってもう大人なのだから」

 そうボヤいて私は彼にコーヒーを淹れて差し出した。彼は片手を上げて感謝の意を表し、紙カップを受け取った。


 「いやはや、それはどうかな。グレッグ、君は〝探偵〟を自称しているけれども、何かアピールはしているのかい。…ははは、やっぱり図星か。この町は妙に噂の広まる町だから、少しアクティブになればいくらでも告知できるのに…。そうだと思って、お仕事を用意したよ。僕の知り合いが困っているみたいだから、相談に乗ってくれないか」

 「君に私の性分がバレバレなことについて今更どうこう言う気はないけど、なんだろう、なんというか、少し気持ち悪いな。それで、その困っているっていうのは」

 私が皮肉交じりに尋ねると、彼は目尻を下げて笑いながら言った。 


 「ご近所さんのご夫人だよ。とってもお金持ちなんだけどね、ご主人は亡くなっていて、今は夫人と息子夫婦の三人暮らし。家もそこそこ大きい。そんなご立派な家でなんと窃盗事件だ。大事に飾っていた純銀製の食器が無くなってしまった」

 「警察には」

 「もちろん相談したさ。でもね、なかなかしっかり調べてなんかくれないよ。さっき窃盗だって僕は言ったけれどそんな証拠はどこにもないし、まあ、きっとただの紛失として処理されてしまうだろうね。でも、ご近所で僕も少し知っている人だからわかるんだ。あの人は大切な物をなくすような人じゃない」

 「なるほど、まあ、君がそう言うならそれはきっと確実なんだろうが…」

 「そこで、君の出番さ!さあ、このあと10時に会う約束をしてるから、ほら、早く支度して」

 「おっとそれは初耳だぞ」

 「今初めて言ったからね、ほらあと30分!」


 彼はそう言ってパンパンと手を叩いたが、私の腕時計と机の時計、壁掛け時計のどれを見ても、約束の時間まであと10分を切っていた。


 私の初仕事は遅刻気味にスタートすることになった。

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