ⅩⅧ「ヒーロー」
『強酸性バースト』の威力はきっと、まともにくらえば無事ではすまない強烈なものだったんだろう。彼らが秘密兵器と呼ぶからには、それ相応に高性能のはずだ。
しかし、その秘密兵器から噴射された強酸を遥かに凌駕する量の人間の汗に、その強酸の液体は中和されるどころか、完全に水質をアルカリ性へと変化させざるを得なかっただろう。
というか多分、HGの体から放出された液体が完全に中性の水だったとしても、『強酸性バースト』の強酸は人体に影響を及ぼさないほどまで薄められてしまったに違いない。
それほどにすごい量の汗だった。
俺たちが立っていた草原はすぐさま湖となり、俺たちは腰までHGの汗に浸かった。さらに、周囲の地形が変わるんじゃないかと思うほどの汗は、今俺たちがいる山を下り、山の麓を流れる川へと注がれていった。
ぶっちゃけこの世のものとは思えなかった。
班長の目だけは、空に浮かぶ月のようにキラキラしていた。
しばらく立ち尽くしていると、草原の真ん中にはHGがぐったりと座り込んでいた。さっき腰を抜かしたリーダー金星人はかろうじて木にしがみつき、おどおど金星人は、どこからともなく現れた強大なタケノコのような物体にしがみついていた。おそらくあれが班長の見た宇宙船だろう。
そして最後の一体、のほほんとした金星人は、HGの汗にまみれて気絶していた。
どうやら今の激流で溺れたらしい。
「班長、これは…」
「はい、実験成功です」
ドヤ顔で言う班長。
「ま、まあ、HGの汗を無事に放出できたのはいいんだけれど…」
「おい捕虜、HGは無事なのか?」
「そうですよ捕虜さん、まずはHGさんの安否を確認しましょう!」
そういって俺たちはHGに駆け寄った。
その瞬間。
「フルールゥゥー!!!!」
リーダー金星人が叫んだ。
「なっななな、なにっ!?」
恐怖のあまりポロポロと涙をこぼしていたおどおど金星人は、その叫びでハッと我に返った。
「ウラヌスがその下に埋まってる!そこで宇宙船の噴射口からエネルギーを噴射すれば爆発するはずだ!お前一人で金星に帰れ!」
「え、ええ!?そんなことできないよっ!ジャスティンとコルニは!?」
「俺たちはもう助からない!お前一人だけでも生きるんだ!」
「そんなぁっ!!」
彼はどうやら、地球人というのは班長やHGのようなヤツしかいなと判断したらしい。確かにこの場にはまともな地球人はいないけれど。それは大きな誤解だ。
「いけ!フルール!!」
「い、嫌だ!」
そう言った瞬間、おどおど宇宙人はリーダー宇宙人の元にいた。
「な、なんだあいつ!?」
「めちゃくちゃ早いではないか…!!」
「だ、大丈夫なのかぃ…?」
「油断なりませんね…!」
HGの元にたどり着き、疲れきっているだけだと安心していた俺たちは、その瞬間にまた危機感を感じた。
「フルールは足が早いから、二人をちゃんと連れて宇宙船にもどるよ!」
「た、頼むぞフルール!」
リーダー金星人も涙ぐんでいた。感動的だ。
だがそうはさせるか。
のほほん金星人は宇宙船からだいぶ遠くに離れている。とか確認している間にリーダー金星人を抱えたおどおど瞬足金星人はのほほん金星人を回収してしまった。
だが、流石に二人を担いでの移動は無理があるのか、金星人たちのスピードは俺たちの動体視力で捉えられるほどまで落ちていた。
それでも宇宙船にたどり着くまでは多分約10秒もない。
「捕虜!飛ぶのだ!」
刹那、アトラスさんは空へ向けてスライムミサイルを放った。
真っ直ぐに発射したスライムミサイルは数十メートル先で停止し、そのまま重力に従って真下に落下してくる。
なるほど。ここに来てそういうことか。
「捕虜さん!あなたに任せます!」
「捕虜くん…君にかかってるよぉ…!」
「……わかってるっての!!」
そう言って俺は高く垂直に飛び上がった。
タイミングはピッタリ。6年間のバレー少年だった時間は、三十路を超えても霞まない。
金星人たちと宇宙船までの距離は約40m。おそらくあの速さならあと3秒ほどでついてしまう。
「行くのだ!!捕虜よ!!」
「今です!!捕虜さん!!」
「捕虜くん!!お願い!!」
「いっけええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
俺の記憶はここで一旦途切れることになる。
俺の渾身のスライムミサイルのスパイクは。
手を叩きつけた瞬間に周囲の諸々を巻き込んで爆発した。
その時、俺たちは地球のヒーローになった。
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