ⅩⅥ「我々は新世紀アイドルだー」

 「呆気にとられる」という表現はよく聞くが、俺は人生で呆気にとられたことなんてなかった。ただし、呆気にとられる人間は、学生時代のバレーの試合なんかで何度も見ていた。そんな彼らを見るたびに「またこの反応か」と、少々うんざりしていた。

 だから、自分が呆気にとられるんなんて思ってもみなかったし、実際に呆気にとられてしまうと、こうも何もすることができないのか、と、呆気にとられている人間の気持ちが少しわかったりした。

 だいたい「呆気にとられる」ってなんだ。何かを呆気というモノに奪われてしまっているのか。それとも呆気に「とらわれる」というものが変化して「とられる」になったのか。まあ、そんなものはWEBで調べればすぐに有力な仮説が見つかるだろう。自分の粗末な知識の引き出しを漁っていても答えが出ない事なんて明白だ。


 つまり端的に言うと俺は呆気にとられていた。


 いや、俺だけじゃない。

 アトラスさんも、班長も、HGも、おそらく今の俺と同じ心境で、おそらく今の俺と同じ顔をしているんだろう。

 「捕虜くん、もしかして宇宙人ってあれのこと…?」

 「あ、ああ。…どうなんだ?アトラスさん」

 「む?そうだな…。そうなのか?班長」

 「はい!宇宙人です!!」

 断言されてしまった。


 「そうとも!我々に恐怖するがいい地球人!さあフルール、あの言葉を言い放つんだ!」

 「え、えぇっ?でもジャスティン、なんか、フルールちょっと恥ずかしいかも…」

 「おい!そんな調子でどうする!早く奴らに恐怖の宣言を…」

 「我々は新世紀アイドルだーはーっはっはっはー」

 「コ、ココ、コルニ!?」


 …なんとも呑気な侵略者がやってきたもんだ。すぐに逃げ出して人を呼ぼうという考えは、いつの間にか脳裏から逃げ出していた。

 しかし彼らは、見るからに宇宙人って風貌だ。大きな頭に大きな目。手足は細く、体毛のないせいで薄水色の肌があらわになっている。彼らが現在進行形で口喧嘩を繰り広げていなければ、なんとも不気味な光景だった。


 「おい、あいつらもしかしたらちょろいかも知れないぞ…」

 「うむ、まるで我々を見ているようだ、おそらく奴らも馬鹿だ」

 「アトラスさん、あんた自分が馬鹿だって自覚はあったんだな」

 「そんなこと言ってる場合じゃないよぉ…!彼らの目的はなんだぃ?」

 「そうですね、交渉次第ではワタクシの研究に協力していただけるかもしれないので、そこはしっかりと確認すべきです」

 「さらっと野心が覗いたぞ班長」

 その言葉に対して班長は、無言の笑顔で肯定してきた。

 ある意味宇宙人よりも怖かった。


 だが班長の発言は確かにそのとおりだ。グロッキーな研究に協力するかは別として、彼らがもし地球を侵略してきたのであればただ事ではない。ある程度の交渉をして撤退していただけるのであればそれに越したことはないのだ。

 「おい宇宙人!お前らの目的はなんだぁ!」

 口論をしていた宇宙人たちは、ようやく本来の目的を思い出したかのように、こちら側に向き直った。

 「おい地球人!俺たちは確かに宇宙人だが、誇り高き金星人だ!訂正しろ!」

 「ああ!?じゃあ金星人!お前らの目的はなんだぁ!」

 無駄にプライドの高い金星人だな。あ、いや、でも見る限り真ん中の勝気なヤツだけだな。左にいる金星人はなんかおどおどしてるし、もう片方はのほほーんとした感じだ。金星人にも個性があるのかもしれない。


 「われわれの目的はただひとつ!ご先祖様が遥か昔に奪おうとして失敗した『サクラ』を奪いにきた!」

 「サクラぁ!?それだけか!?」

 「ああ、それだけだ!おとなしく一本わたせ!」

 なんだ、サクラの木一本で事足りるならわけは無い。確かこの草原から少し行った林にはサクラの木もあったはずだから、適当に持って行かせてご退散願おう。

 というかそもそも「ご先祖様が遥か昔に奪おうとして失敗した」ということは、この地球に金星人がやってくることは少なくとも二回目だということになる。とんでもない歴史的事実だ。人類は遥か昔から大気圏外とのコミュニケーションを取っていたのか。


 「なんだか穏便にすみそうだねぇ…」

 「それでは困ります、何かしら我々に不都合がなければ捕縛できないじゃないですか」

 「正当な理由を手に入れたところであんたの発想はまさに外道だよ!」

 本当にもう、そうとしか言いようがなかった。

 だがしかし、彼ら金星人どもを引き止めたいと思っていたのは班長一人ではなかった。


 「おい捕虜、私は宇宙人と友達になりたいぞ」

 そう申し上げ賜るのはアトラスの野郎様。

 「そうは言ってもお前、下手に引き止めて俺たちに害があったらどうするんだ」

 「大丈夫ですよ、そのあたりはワタクシが徹底的に調べ上げますから」

 なるほど、俺は決して自分の身を案じているだけではなく、少なからず彼らに対して同情しているんだということに気がついた。こいつらよりはマシな人間ってことだ。


 「そ、その!サクラがどこにあるか知りませんかっ!」

 おどおどしてる金星人がこちらに問いかけてくる。確かあの金星人の名前はフルートだかフローラルだかそんな名前だったはずだ。

 ああいうタイプの人間は、あ、いや金星人か。とにかくああいう性格のヤツとは俺はタチが合わない。おどおどおろおろモゾモゾしてないでさっさとハッキリ物事を言って欲しい。職場の使えないアルバイトを相手にしているようで虫唾が走る。

 俺のイライラを察したのか、アトラスさんが俺に代わって金星人の対応をする。

 「サクラの木が欲しいのであればくれてやろう。貴様らはそれ以外に、私たち地球人に害を及ぼす気はないのだな?」

 それであるならば友人にならないか?とでも切り出しそうなアトラスさんであった。が。


 「えっ?あっ、あのっ!帰るときにウラヌス爆発させるから、その、あのー…」

 歯切れの悪い仲間の代弁をするかのように、今までニコニコしていたおっとり金星人、コロニーだったかマロニーだったか、なんかそんな名前のヤツが続ける。


 「うん。ウラヌス爆発させたら、残念だけど地球は滅んじゃうねー」


 地球滅亡へのカウントダウンが始まった。

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