Ⅻ「12時間を過ぎると…」
さて、おっさん三人で昼食も済ませたところで、奇妙な縁ではあったが、このおっさん達とはお別れをするとしよう。
なんて都合のいい話もなく。
「さて捕虜、我々に新しい仲間が増えた。これは今日もお泊まり会なのではないか?」
「その通りですね」
「えぇ?泊まっていっていいのかい」
「ちょっと待て」
勝手に話を進めるな。ここはお前たちの家じゃない。
それになんといっても俺は一人暮らしなんだ。つまり成人男性一人が生活するのに見合ったスペースしかこの家にはなく、さすがにおっさん4人を収容するのは、無理ではないが難しい。
「そうは言っても捕虜さん、ワタクシが先ほどHGさんに渡した薬の効果は12時間程度で、効果が切れるとどうなるかの実験はまだなんですよ。心配ですし、ワタクシは今夜は彼の側にいなくてはならないのです。…実験結果も記録したいので」
いつの間にか被検体になっていたHGであった。
「それなら班長の家とかでいいんじゃないか」
「ワタクシのラボはダメです」
「なんでだよ。実験結果見たいならそういうとこの方が」
「ダメです」
「………」
目が怖いぜ班長。ラボに一体何があるんだ…。
「ならば仕様がない。今日もここに泊まるか!!」
声はハキハキ、元気ハツラツ、笑顔サクレツ、俺はタンソク。
「足が短いのか?」
「嘆きのため息だ」
「面白いな、新メニューに追加しよう」
「喫茶店でカクテル!?」
そんな斬新な発想、試しにいくほかない。
そんなわけで、新メニュー『嘆きのため息』は俺が一番に飲むことを条件に、おっさん三人を我が家に泊めることを許した。なんなんだ。
飯を食ったあとは四人で何となくそんな話をしながらテレビを見ていた。しかしこの時間帯はあまり面白い番組も特になく、ただうだうだしたり、各々のコンプレックスを紹介したりした。 特にHGは一重瞼だったので、班長の両腕については驚いていた。
そして、アトラスさんがウチの冷蔵庫の中の食材はまるでダメだとか抜かしやがったので、午後三時頃にHGをお供に近くのスーパーに買い物に行かせ、俺は班長と二人になってしまった。
命の危険を感じる。
「…捕虜さん」
沈黙を破ったのは班長。
「ん?どうした班長」
「実は一つワタクシは嘘をついています」
「おい、俺の昼食に何を盛ったんだ」
「何の話ですか?」
「いや、なんでもないよ」
なるほど、どうやら俺の命を狙っているわけではないらしい。
「実は『洪水栓』の効果が切れた場合の実験は、完了しているんです」
「そうなのか?え、でもそれって何も隠す理由はないと思うけど」
嫌な予感しかしないという言葉は口には出さない。
「はい、HGさんの嬉しそうな顔を見ていたら副作用のことを言い出すタイミングを失ってしまって…。これでも他人の家にご厄介になっている身なので、捕虜さんにだけはしっかり教えておきます」
ある程度の節操を持っている班長には脱帽するばかりである。
俺の周りのおっさんの過半数以上(と言っても3人中2人だが)は、節操どころか粗相すらない。いい年したおっさんがこれとは、いやはや、日本も終わりだな。
「で、その副作用ってのはどんなんなんだ?…ひょっとして命に関わるのか」
「いえ、命に関わるほどではありませんが、実は『洪水栓』は、汗を止めているだけなので、汗をなくしたわけではないのです。ですから、効果のある12時間を過ぎると…」
「ま、まさか…!」
「押さえ込んでいた汗が一斉に全身から噴射します」
「今すぐ出て行け」
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