Ⅸ「怪しい薬」

 命名。HG。


 このハゲにはそう名付けることにした。

 「僕はゲイじゃないよぉー」なんて反感を買ったがもちろんそんなことはわかっている。

 賢い諸君らはわかってくれるだろう。このニックネームの真意に。

 …班長からの視線が痛い。


 HGの腹痛が治まったあと。

 アトラスさんの半分強制的な提案で(半分というか全部だ)HGをうちに招き入れることになった。

 幸いにも俺の家にはエアコンがあるし、風呂場もあるし、実家が呉服店なので服は有り余るほどに有る。ないのは家庭の温もりだけだ。


 と、いうわけで。

 なるべく汗をかかせないように自宅から日傘と団扇を持ってきた俺は、それをHGに渡し、三人で扇ぎながら俺の家へと入った。どこの御曹司だクソ野郎。


 まずはシャワーを浴びせて、シャツ全体に筋肉質な男性の筋肉がプリントされたピチピチのTシャツに、またもやピチピチの黒い短パンを支給してやった。

 これは俺が別に意地悪をしているわけではなく、ただ単に、俺が所有している一番サイズの大きい洋服を揃えても、精々この程度だったというだけだ。

 まあ当たり前だが、わざわざ買ってまで用意するほど俺の懐事情はよろしくない。

 あと、余談。アトラスさん曰く、この筋肉Tシャツは「着痩せ系男子」と言うメーカーのものらしい。どうでもいい。


 さて、尋問開始。

 「まず、あんたの名前は?あと、年齢とか職業とか、一番聞きたい体質の事は今は置いておいて、一通りのプロフィールを教えてくれ」

 「いいよ。えぇっとね、名前はオノジンって言うんだ。歳は明後日で57歳、身長162cm、体重はりんご3個分だよ。職業はケータイ企業の、ちょとおっきな会社で、ちょっと偉い人ってかんじ。妻とは3年前に死別しちゃったんだけどねぇ、今は息子も娘も結婚して、息子の方はもう子供もいるから、孫に会うのがすごく楽しみなんだぁ」


 とまあ、前置きにしては妥当な自己紹介、前座には上々だが、人が死んだ話というのは前菜には少々重すぎるな。

 しかし57歳とは。てっきり40代だと思っていたのだけれど、若作りには力を入れているらしい。


 「よし、あんたが一体どの程度まともな人間なのかはだいたいわかった。じゃあ本題とも言える、あんたの体質について詳しく聞いてもいいか?あの汗は一体なんなんだ」

 そう聞くと、HGは含羞むような微笑で語り始めた。


 「いやぁ、詳しくもなにもねぇ。さっき言ったとおり、僕は生まれつき汗っかきってだけだよ。秘密も種も仕掛けも仕組みも原因も何もないよぉ」

 「そう軽く言われて納得できるのは俺の隣にいるヒゲ面のスライムだけだ」

 「なんだと捕虜、誰がマリオだ」

 「誰も誰とも言ってねぇよ」

 「誰とは言ったであろう」

 「ヒゲ面のスライムは固有名詞なのか?」

 「そんなキャッチコピーが当てはまる人間が私以外にいるのなら是非教えて欲しいものだな。きっと良い友達になれると思うのだが」

 「い、いや、あいつは結構ひねくれてるからな。アトラスさんには紹介できないよ」

 「ならば捕虜、貴様の友達になってやろう」

 「俺が悪かった!!」

 こんなやり取りをしたあと、黙って肩パンしてる俺たちは、きっと友達なんだろう。

 胸糞悪い。


 「にしても…HGさん、実際あの量の汗を排出するとなると、重度の脱水症状になる可能性が高いと思うのですが、大丈夫なのですか」

 「あぁうん、大丈夫だよぉ。そこはお医者さんからも注意されてて、気をつけてるんだぁ。一日に五本くらいは2リットルのジュースを飲んでるからさ」

 「それはそれで糖尿病確実だなぁオイ。危険と安全は紙一重ってかんじか」

 しかしそう言われると、この体格には納得できる。


  「いやいや、むしろ危険と安全は同一だと僕は思うねぇ」

 「は?あぁ、まあ、そういう考え方もあるかもしれないけれど」

 「うん。だから工事関係の人たちが掲げてる『安全第一』もこの理論で行くと『危険第一』なんてことになるんだよねぇ」

 「随分と対象年齢の低い漫画に出てくる、悪の秘密結社の信条みたいだな…」

 「あとは『混ぜるな安全』とかもあるねぇ」

 「それは俺たちの安全を業者が阻害しているだろう!」

 「いやだって安全と危険は同一だからさぁ」

 「悪質な詐欺が起こりそうだっ!!」

 

 なんて荒唐無稽なやり取りを見かねたのか、班長が一言。

 「あの、HGさん。ワタクシ、結構強力な止汗剤、持ってますよ」

 「えぇ?僕、どんな薬を試してもダメだったんだけど、大丈夫かなぁ」

 キョトンとする素振りを見せるHG。


 「ええ、かなり強力なものですので。使えばきっかり12時間汗が出なくなるモノで、科学者としてあるまじきかもしれませんが、絶対、と言っても過言ではないほどです。試してみますか?」

 「ホントに!?うん!!うん!!もう是非お願いするよ!!」

 心底嬉しそうな顔をするHG。感情はそっくりそのまま顔に出てくるタイプらしい。

 「ではこの、『洪水栓こうずいせん』を差し上げますね。即効性の薬ですので、すぐにでも動き回れますよ。」

 そう説明して、青色の粉薬を渡す。怪しい薬だが、きっとまたしょうもない実験の賜物なのだろう。


 そういえば言ってなかったかもしれないが、班長はかなりのアホであり、尚且つマッドサイエンティストである。

 例えをあげるなら、DVDショップでレンタルしてきたDVDを改造して、脳内の記憶メモリーの中枢にあるなんたらへ直接干渉するどーのこーのを作り上げ、しかも隣の家の飼い犬で実験するという、もはやただの極悪非道な犯罪を犯しやがった。

 あ、そうそう。これも言ってなかったかもしれないこと。俺とアトラスさんが初めて班長を目撃したとき、何故あんなに走って逃げたのか聞いてみたところ。

 「すいません。ワタクシはてっきり、延滞料金の催促にきたDVDショップの店員かと思ったのです」

 とのことである。な、アホだろ?

 …まあそれはいいとして。今回の薬のネーミングはなかなかかっこいいと思う。


 「わー、やった、やったぞぉ!これで思いっきり動き回れるんだ!ハハハっ、こんな気持ちは初めてだよ!!」

 「フフフ、本当に歓喜に酔いしれておるようだな、HGよ。それではどうだ?ここで一つ、4人でスポーツというのは?」


 マジか。


 「スポーツ!?中学生以来だよぉ!!うん、すぐやろう!!」

 「ええ、それは素晴らしいですね。ワタクシも賛成です」

 「はぁー…。ま、たまにはこういうのもいいかもな。で、具他的な種目は、何にするんだ?」

 平静を装い、3人を促す。


 アレは勘弁してくれ、アレだけは論外だ。只管祈って、祈って、祈って

 「バレーボールがいいなぁ!」

 「む、良いな、それでいいか?」

 「ええ、構いませんよ。では、向かいの公園にでも行きましょうか」


 どうやら、俺はコンプレックスを晒すことになるらしい。

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