Ⅶ「瀬戸際じゃなくて沖合くらいで」
さて、何故か12足もある長靴が役に立つ日がやってきた。
昨日も今日も天気は晴れ模様。ということは、少なくともこの洪水は大雨の被害ではない。
アトラスさんに叩き起こされた俺は、唖然としながらも事の重大さに気づき、急いで班長を蹴り起こした。
そして、三人とも着替えもしていないまま、顔も洗わないままで、大至急マンションの外へ。
捕虜こと俺は黒の長靴、アトラスさんは赤の長靴、班長は黄色の長靴を履いて、水源地を捜索、及び発見することに。
これは単なる善意や知的好奇心からではなく、このままでは1階にあるマイホームの絨毯がずぶ濡れになってしまうからである。
6階建てマンションの1階にわざわざ住んでいる俺はきっと馬鹿なんだろう。
しかしよくみてみると、『町中』なんていう表現は少し大げさだったようで、うちのマンションの周り、半径100m程の区間のみでの洪水だった。
深水約10cm、一定区間の中だけということは、おそらく地下下水道の水位上昇が原因ではないだろうな。
「とりあえず、ここら辺だけでの被害ってことは、水源地もここら辺だってことだよな」
「はい、そうでしょうね。それから、どうやらこの水は弱アルカリ性のようなので、体に直接被害はなさそうですが、一応、用心してください」
何やら赤い液体を垂らして反応を確かめている班長。こうして見ると科学者っぽい。
実は、実際このおっさんもアホだけど。
「うむ、しかしこれはなかなか水位の上昇が速いな」
確かに、少しずつ水位が上昇している。そして今更になってマンションのほかの住人も騒ぎ出した。
ということは、浸水が始まったのはついさっきのことみたいだな。
「わかりました。つまりはこの浸水を窓際で食い止めなければならないのですね」
「いや折角外に出たんだから外を捜索しようぜ…」
正しくは瀬戸際。
というか瀬戸際じゃなくて沖合くらいで止めて欲しい。人生に余裕って大切。
「なんて話している時間にも、水は増えていく一方だぞ。早く水源地を探そうではないか」
「いや、おおよその検討はついてるよ。多分、あそこだ」
そう言って俺が指差したのは、このマンションと道路を挟んで隣にある公園。
このあたりで水の出る場所と言ったら、そこしかない。
と、いうわけで。早速三人でとなりの公園に向かう。
さーて、この大騒ぎの爆心地ならぬ水源地はどこだろう。この公園の水場と言ったら、水飲み場と公衆トイレぐらいだが…。
公衆トイレを中心に水面が波立っていることから、おそらくあそこだろう。
何故こんなにも綺麗な水に恵まれた国の汚い公衆トイレから水が湧き出てるんだよ。砂漠の不毛地帯で生活する民族の枯れ果てた井戸とかから湧き出てこい。こっちは十分に手が足りてる。
というか、長靴で大正解。
さて、奇しくも幸いなことに、水が湧き出ているのは男子トイレのようなので、そこへ潜入する。
勿論潜入といっても、たかだか水深12cm程の生活排水の洪水のなかを潜水して進むわけではない。
二つあるうちの一番奥の個室、つまりは洋式の座るタイプのトイレから水は湧き出ているようで、中からバシャバシャと音が聞こえるのだけれども、しかし、その個室には鍵がかかっている。
…どこの餓鬼だよこんな悪戯したやつは!!
とりあえずタックルをかましてみるが、あまり効果はなさそうだ。
ところが、三人よれば文殊の知恵、三矢の教えもまた然り、そう、我々は三人いるのだ。こんなにも個性が強烈な三人が結束すれば、突破できない扉は、新品のマンホールくらいだろう。
「仕方ない、三人一気にタックルするぞ」
「うむ」
「任せてください」
「よし、それじゃ行くぞ…。せーのっ!」
〝ドガンッ〟
扉をぶっ壊すと、洋式トイレからは高さ1m程もある水柱が登っていた。
「おいおい…マジかよ」
そういやこれどうしたら止まるんだろ…。
ちなみに現在の水位は15cmくらいまで上がってきてるけど、ここまで来ると流石にやばい気がする。どこかへ流れ出てくれればいいんだが…。
すると。
「あのぉー、恥ずかしいから、閉めてもらってもいいかぃ」
洋式トイレが話しかけてきた。
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