Ⅲ「スライムミサーイルっ!!」

 なんといってもアトラスさんの体臭が酷いので、シャワーを浴びてもらい、大変申し訳ないが、俺の洋服を着てもらうことにした。

 デカデカと『神 -GOD-』なんてプリントされてる半袖白パーカーに、膝まで捲くった赤ジャージ(サイズが合わないので)、という奇妙な出で立ちになってしまったけれど。

 下着については皆様のご想像に任せる。


 「にしても、『両腕のない男』なんて言うけれど、それっていつ、どこで遭遇したんだ? だいたい、腕のない男にどうやって殴られたんだよ」

 何故この知的好奇心と冷静な判断力を学生時代、学業に向けられなかったのかは永遠の謎である。


 「んん、昨日の仕事帰り、夜道を歩いていると、両腕がない男が後ろから追い抜かしてきたのだ。いや、両腕がない、と言うよりは…見えない、という気がするな」

 「それってどう言う意味だよ」

 「自分でもわからん、直感だ」

 なんだそりゃ…。『ない』というより『見えない』、いったいどういう…。


 「それで、その男が私を追い抜かした時に、背中を殴られたのだ。あとなんかチクチクした」

 「いや、だからどうやって腕のない人間が人を殴るんだよ」

 「足とか」

 「それは『蹴る』っていう行為だ」

 「ならば頭は」

 「それは『頭突き』っていう行為だ」

 「ならば手で殴ったんだろうな」

 「え?いや、そうか…。って、いやいやそうはならないだろ!」

 危ねぇ、流されるとこだった!下水道の中を流されたような人間に!


 「とにかく、後ろを振り向いても何もなかったのだ、私の背中を殴った犯人はあいつ以外ありえない!あいつを探すぞ!捕虜ほりょ!」

 「捕虜って誰だよ!?」

 「お前以外この場に誰がいるというのだ!」

 「まさかそれ俺のニックネーム!?ただのいじめじゃねぇか!」

 というか何をどうしたら捕虜になるんだよ。


 と、いうわけで。


 アトラスと捕虜(努力は虚しく定着した)は、アトラスさんが『両腕のない男』に遭遇したという、俺の自宅から1kmほど離れた商店街を目指して出発した。というかこんな遠くから流されてきたのかこいつ。

 ちなみに、俺は車も自転車も持っていないので、徒歩しか移動手段はない。


 人通りの少ない路地裏をだらだらと歩いていると

 「見てみろ捕虜、なかなか理解できてきたぞ」

 とか、いじめと勘違いされてもおかしくない愛称と共に、アトラスさんが話しかけてきた。

 どうやら状態変化コントロールをある程度会得したらしい。キモい。

 「あんま外でうにょうにょするなよ、これから先、喫茶店のマスターではいられなくなるぞ」

 「む、それは不愉快極まりないな、なんというコンプレックスだ…」

 意外と仕事に誇りを持ってるらしい。不愉快極まりない。


 なんて些細な会話をしていると、いつの間にか前方に、白衣の男性が見えた、と思った次の瞬間、その男は勢いよく左折し、走り出した。よく見ると両腕がない。 まさか。


 「あ、捕虜、あいつだっ!」

 アトラスさんも短く叫び、走り出す。どうやらあの腕なし白衣が昨日アトラスさんを殴った犯人らしい。きっと後ろめたいことがあるから逃げ出すのだろう。そうとわかれば追いかける他ない。俺も走り出す。


 …しかし意外とアトラスさん足速いな。

 だが如何せん、白衣も粘る。なかなかしぶといなオイ。さっさと白状すればいいものを。

 しばらく白昼の追走劇が繰り広げられた後、しびれを切らしたアトラスさんが、白々しく俺に聞いてきた。


 「捕虜よ、新技発動の時だな!」

 「は!?新技!?知ら…ハァ、知らねえよそんなもん!ハァハァ、あるならさっさと使えよ!」

 「よーし任されたぞ!そーら、スライムミサーイルっ!!」


 そうアトラスさんが叫ぶと、アトラスさんの左手人差し指の第一関節より上がスライム状になって分離し、赤い球体となって、飛んだ。


 まっすぐ、放物線を描くこともなく直進したそいつは、しかし前方を走る腕なし白衣の横を通り過ぎ、その先にある、物置小屋の廃墟に着弾した。


 腕なし白衣の足は止まった。アトラスさんの足も止まった。俺の思考回路も止まった。

 「わ、私のせいではないぞ…」

 なんてぬかしやがるアトラスこの野郎。


 卑小な廃墟が、盛大な爆発音と共に、跡形もなく消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る