Ⅱ「両腕のない男に殴られたよ」

 この男のニックネームを決めようと思う。


 この男、すなわちスライム男の本名はニイヅマケイタ、年齢42歳、身長186cm(デカイ)、性格は意味もなく堂々としていて、おそらくアホ。既婚者で、職業は喫茶店のマスターなんだとか。

 外見の特徴を述べるのならば、胸ほどまである長い黒髪、そして顎髭を蓄え、さらにタレ目で二重という、ギリシャ神話に出てくる神様みたいなおっさんだ。

 しかも俺がさっき渡したタオルを腰に巻いているっていう状態だから、歴史の教科書に載ってても絶対違和感無いぞ。


 アトラスさん、とでも呼ぶことにしよう。


 あの奇妙なやり取りのあと、全裸で寒さを訴えたアトラスさんのために(8月だぞオイ)急遽、例の6階建てマンションの1階103号室、即ち俺の自宅へと案内した。幸い人目にはついていない。

 …はず。


 アトラスさんから聞いた話を整理するとこうだ。


 実はアトラスさんは今日、いきなり体がスライム状になってしまったらしい。つまり昨日までは普通のおっさんだったのだ。


 何故あんなところで木っ端微塵になっていたかというと、自宅から徒歩で仕事に向かう途中、鉄格子でできた下水道の蓋の上でいきなり体がスライム状になり、隙間から下水道に落ちてしまったらしい。


 そのまま下水道の中をしばらくスライム状のまま流され、体が元に戻ったところで、真上にあったマンホール目指して這い上がり、勢いよく蓋にタックルをかましたところ…。


 マンホールの蓋は開いたのだが、きっと新しいマンホールだったのだろう。最近のマンホールの蓋は、洪水などで外れても下水道に人が落ちないように、少し隙間ができるだけで完全には開かないのだ。


 そうとも知らず、それこそ扉をぶち抜けるつもりで突っ込んだアトラスさんは、かわいそうに、不覚にもその僅かな隙間から全身をスライム状にしてぶち撒けてしまったのだ。


 どうやら任意での状態変化のコントロールは不可能らしい。不便極まりない。


 で、体が元の形に固体化しつつあった所で俺と遭遇し、今に至る、と。


 とまぁ、こんなかんじで、あんな場所にバラバラ死体があった原因、生首がしゃべった理由、ついでにあの場所で感じたあの酷い臭いの正体まで、謎は解明されたわけだ。


 だが、最大にして最強にして最悪、突き詰めるところは最難の謎がひとつ。

 何故アトラスさんはスライム状になったんだ?それを解明しないと何も解決しない。


 「アトラスさん、今日いきなり体がスライム状になったんだろ?だったらさ、昨日今日でなんか心当たりとか、いつもと違うこととか、なかったのか」

 あ、マズイ。あからさまに面倒事に巻き込まれる流れだ、止まれなくなる前に前言撤回するべきか。


 だが。


 「ん?んー…、ああそうだ昨日、両腕のない男に殴られたよ」


 もう止まれない。

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